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理事長のひとこと

第187回 中国を訪問して

  今回は、先日の中国訪問の報告をしたい。私は中国を訪れる度に政府関係者ではない民間事業者や、政府部門に属さずに経済分析に当たっている人達と会う機会を設けている。その辺りの人々と議論することが、中国の問題点、特に経済に関わる問題を浮き彫りにするのに良いと感じている。

 現在、中国では第12次五ヵ年計画が開始されようとしている。今年から始まるこの計画に対する注目度は従来の計画と比べて飛躍的に高まっていると言える。それは中国経済が色々な意味で転機に入っているからだ。

 今の中国を取り巻く情勢は、5年前の第11次五ヵ年計画の開始当初とは大きく変化している。5年前は、民間企業が中国経済の骨格をどのようにして担っていくかということについて関心が非常に高かった。当時の情勢は『民進国退』という言葉で表現されたように、民有企業が経済の新しい担い手として期待され、事実、民有企業がカバーする領域が急速に拡大したのだ。これに対し、国有企業は効率改善もままならず、中国経済におけるシェアを低下させつつあった。国有企業はいわゆるリストラに絡む問題も十分に整理できていなかった。第11次五ヵ年計画の背景には、民有企業がどこまでカバレッジ範囲を広げることができるのかという問題が存在した。

 だが、当時、民有企業の側にも問題があった。その一つとして業界における供給者の極端な多さが挙げられる。米国でも自動車生産が開始された当初、1,000社を超える自動車メーカーが群立していたが、これとほぼ同じ状況が5年前の中国に存在した。農業用耕作機に少し工夫を加えた程度のものも乗用車とされ、移動に使えるという意味だけの自動車生産も非常に多かった。したがって、5年前には業界内の集約化、効率化のためにどのような基準を設けるかというテーマが存在した。同様に、製鉄業においても電気炉が非常に多く、製鉄所も数百単位で林立する等、合理化の課題があり、環境問題の視点から鉄鉱石の過度の浪費という問題もあった。

 ところが、2011年から始まる第12次五ヵ年計画を巡る様相は変貌した。2008年のリーマン・ショック以降、世界の需要が大幅に落ち込み、中国で生産した物を欧米等に輸出し、そこから所得と雇用の場を確保するというメカニズムがいったん断ち切られることとなり、中国内部で新たな財の循環プロセスを作らなくてはならなくなった。そこで2年間に渡り合計4兆元の資金を使うプロジェクトが一挙に開始され、それによって中国経済の様子は一変した。それまで『民進国退』と言っていたものが完全に逆行し、『国進民退』となったのである。すなわち、政府が前面に出て発注作業を行い、受注するのも専ら国有企業となった。実質上4兆元の予算の90%以上を国有企業が受注したと言われている。逆に言えば、競争的市場において入札を競わせるような仕組みが中国では整っていなかったと言えよう。

 職場を作る場合、民間企業が対応するならば色々な予測も可能である。民間企業では収益条件や競争力維持の観点から必要とする人材についての推計も可能となるからだ。しかし、国有企業となるとその行動原理は中国の人々にとってもそれほど明らかではない。中国の国有企業の多くには、受注して仕事をし、粗利益が企業の内部にいったん入たものの、それがその後どこへ向うかがよく分からない面がある。国有企業の株式を保有する政府が支配者・所有者ということになり、当然、共産党の人材が入って来る場合もある。共産党の諸機関はある時期から厳格な定年制度を採っているため、60歳以上の定年退職した人達をどこで吸収するのかということが中国でも大きな問題となっているようだが、監査や政府とのリレーションシップ管理といった名目で国有企業にこれらの人材を押し付けることも行われている。

 また、剰余金の性格を持つ資金を、海外で企業を取得するために使うことも行われているし、石油を始めとするエネルギー企業の場合は、海外の資源確保のためその資金を回すこともある。いずれにせよ中国の国有企業でどのような仕事が増えるかを予測することは、民間企業の場合ほど簡単ではない。そのため国進民退に大きく転換する中で中国の大卒雇用市場に大きな問題が生じてしまったのだ。その意味でもこの第12次五ヵ年計画にいくつかの問題点があることは明らかだろう。

 今回中国を訪問して色々な分析者の声を聞いた。中国では依然として高い成長率が持続している。大雑把に言って、投資比率が7割前後あるいはさらに高く75%程度ではないかと言う人もいる。成長率が10%を超える高度成長期の日本においてGDPに占める投資の比率はその半分の30%から35%程度であったが、現在の中国では恐らくその倍近い投資比率になっているということだ。

 非常に雑な表現ではあるが、投資額とそこからの算出によりある種の効率性基準を作ると、日本の高度成長期に比べて現在の中国の投資効率は半分程度だと理解することができる。もちろん厳密な計算には相当な作業が必要であるが、中国の国民所得統計等、入手可能なものについて多少按分しながら考えてみると、投資の半分は相当非効率なものである可能性がある。中国の分析者達はこのことについても指摘していた。

 中国では地方政府が所得を得ようとする場合、土地を処分したり不動産投資を行ったりする。それが地方政府の主要な収入源になっていためだが、このことは結果として固定資本投資の比率を非常に高くすることにつながる。地方都市において借りようとする人が極端に少ない非効率なビルディングが数多く建っていることには、我々も気づくところであるが、現在の中国ではその割合も極めて大きくなっていると考えていいだろう。

 中国の地方政府改革には様々な時機があった。例えば朱鎔基氏が首相だった江沢民政権の時代は、地方の財源をいかにして中央に取り戻すかということが大きなテーマであった。地方政府の中には自らの開発のために使える資金を朱鎔基改革によって中央政府に吸い上げられてしまったという意識を持っている人々が非常に多い。朱鎔基氏はその果断な決断力等によって西側で非常に高く評価されているが、中国でいま一つ人気がない理由の一つは、地方政府から財源を奪ったことであろう。

 その後、地方では土地は基本的には公有となっており、土地の処分については地方政府が圧倒的な力を持っている。ディベロッパーが地方政府と長期の賃貸借契約を結び、土地を借りて建物を建てる場合、ディベロッパーが不動産建設に関する仕事をするのだが、地方政府にはディベロッパーとの契約に基づく権限を通じてお金が入る構図になっているのだ。このように、投資に関わる限り地方政府の収入が上がる仕組みになっている。

 今日の中国経済は、GDPに占める個人消費の比率が極端に低い経済である。これを奇怪な状況と呼んだ分析者もいた。この状況は第12次五ヵ年計画の間中続くのだろうか。今日もなお中国においては諸権限が圧倒的に国有企業や地方政府の手にあることは間違いない。高度成長を実現している一方で、資源配分に大きく関わっているところは投資であるが故に、そこに地方政府や国有企業が存在するのだ。

 これとは異なり、民有企業の場合は、洗濯機やテレビ等を考えると分かりやすいが、消費者の選好に依存する非常に厳しい競争状態に置かれ、実際に過剰能力が存在するため売り値は容易に上げることができない。しかし、資材価格は確実に上がり、賃金の上昇テンポもさらに速まるという、利益を上げることが極めて難しい情勢にある。

 このような状態を前提として、一体どのような事象の存在を想定し得るだろうか。一つ考えられることは、過剰な投資をファイナンスする構造が、国有銀行や地方の小規模な銀行にも当然見受けられるだろうということだ。投資促進のために融資が行われているが、投資の効率は非常に悪く、西側の普通の言葉で言えば不良債権になりがちなものも多い。少し前までの中国の金融監督の状況は、お金を借りた側の「ある時払いの催促なし」ということであったそうで、西側基準からすれば不良債権の定義にそのまま入ってしまうようなものが貸出金として計上されていたそうだ。この状況で銀行のマネージメントのミスが明らかになったり、あるいは不良債権比率が極端に高いという噂が出たりすれば、銀行に預金者が押しかけるということが起きるだろう。バンク・ランといって預金通帳を持った人が銀行を取り囲むことになるかもしれない。昭和初年の我が国の金融恐慌においてもそうしたことが実際に起きたのだが、どうやら中国の地方都市ではバンク・ランが発生し始めているとも言われている。少なくとも中国人の分析家はそのように指摘していた。

 その意味からも、中国の金融政策運営は、非常に危ういタイトロープを渡るかのごときものになり始めていると言えるだろう。資源配分を改善するために資本自由化に取り組むべきということは、多くの人が指摘するところである。だが、現実に資本自由化によって中国の人々が自由にお金を動かすことができるようになると、一般論で言えば、中国の銀行の不良債権比率が相当高まっている状況においては、海外の口座への資金流出が発生すると懸念する人もいる。その意味からも中国における資本自由化は到底進められないというのだ。もしそれを進めるのであれば、金融機関の不良債権問題に片をつけてからだということになるが、他方、投資の比重が高い経済においては、不良債権問題を片付けることは難しいという論理的関係になろう。

 中国の高度成長がいつまで続くのかということは国際的な注目点であるが、中国内部に非常に冷めた眼でこれまでの高度成長のパターンを観察し、限られたデータを通じてではあるが、自分なりに問題点を指摘しておきたいという研究者、分析家が増えていることが、今回の出張でもそれなりに分かった。中国経済をどのような指標を糧として分析するかということは、日本にいる分析家にとっても極めて重要なテーマであるが、今回何かしらの手がかりが存在するのではないかという手応えを感じた。今後、多少なりとも手がかりが得られれば、中国における、一方の高度成長、他方の投資比率の過大さ、そしてその裏返しとしての不良債権発生のメカニズム、さらにこのことが中国の経済政策の選択の幅を狭めているという問題に迫ってみたいと考えている。

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