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理事長のひとこと

第188回 日本の産業動向と今後の日本産業界

  今回は日本の短期的な産業動向について考えてみたい。

 1月31日に、昨年12月の鉱工業生産動向が発表された。これによれば生産も出荷も大変良い数字が示されており、在庫も補填が行われている。他方、在庫率は横ばいであり、これは思いのほか良かったということが言える。生産に関しては、対前月比で3.1%のプラスであり、目に見えて年末に生産状況が好転したことを示している。分類を見ても、ほぼ全ての製造業で生産の好調が裏付けられており、低下した業種はコンベヤや半導体製造装置等の一般機械工業と、橋梁、鉄骨等の金属製品工業、そしてナフサ等の石油・石炭製品工業のみである。また、乗用車や情報通信機械工業の液晶テレビ等もプラス、蓄電池や開閉制御装置等の電気機械工業、そして化学工業もプラスティック製品工業も大変良い状態になっている。この結果は即ち、全体としての成長率見通しに関して、情勢が好転しつつあると言えるだろう。

 昨年の秋頃は先行きについての見通しはむしろ悲観的なものが多かった。為替レートの推移もあるが、一番の要因は、欧米の経済が足元に置いて大変悪化していたことだろう。欧州各国では緊縮財政がいよいよ本格化しそうであり、米国では製造業の好転が期しがたい。さらに雇用情勢の改善はもっと難しそうだという見方があったからである。
 
 今回発表された動向では、昨年12月の結果に加えて、今年1月、2月についての予測指数も出ているが、1月の予測指数は大変良く、2月は1月に対して少し下がるものの、総じて高い水準が予測されている。これは一体どこからきたのだろうか。最大の要因は、欧米以外のエマージング・エコノミーと呼ばれる開発途上国ということになる。中でも日本の場合は東アジアが中心だろう。即ち中国やASEAN諸国の経済情勢が思ったより強いのだ。このため引き合いも多く、在庫の補填も必要になり、在庫の積み増しが明らかに起きているのだ。昨年の秋口の段階においては、先行きについて警戒的であり、当然在庫の積み上がりにも大変警戒的であった製造業が、昨年の暮れにかけて、海外、特に途上国からの引き合いが強いことを前提に、在庫の積み増し過程に進んだということになる。
 リーマン・ショック前の状態と、この今年1-2月の生産水準の予測とを比較すると、リーマン・ショックの前、例えば2008年の7月の水準と対比して、ピークから10%ほど低い。しかしこれを少し遡ってサイクルを見ると、リーマン・ショックの前に高かったものが、リーマン・ショックの後は海外の需要、特に欧米における最終需要が一旦消滅するかのごとき状況であった。このため、在庫調整を極めてテンポよく行った。指標からいくと、2009年2月あるいは3月が底だと思うが、この底にかけて奈落の底に落ちるほどの生産水準の低下が起きた。これはやむを得ないことだったと言えるだろう。サプライチェーンマネジメントを組んでいる環太平洋をめぐる生産のすべてに実質上日本の企業はかかわっているため、北米やヨーロッパの需要が一旦消えたように見えると、このサプライチェーンマネジメントの連鎖するところが片端から止まってしまうことになり、早急な在庫調整をせざるをえない。したがってほぼ半年間に亘って、日本の企業は、急速な調整を行い、ピークから3割以上減らした業種も相次いだ。その後2009年の2-3月ごろを底にして、今度は在庫の積み上げ過程が当然予想され、これが2010年の4-5月ごろまでは順調に進んだが、その後、在庫循環を越えて新しい水準にいけるのかどうかという議論になった。2010年の5-6月の水準では、ピークから2割近く下げた状態であり、この当時、業種により多少異なるかもしれないが、かつてのピークから1割5分から2割くらい下がったところで、均衡点とも言える新しい基準(ニューノーマル)ができるのではないかという予測が多かった。欧米諸国においては、いうなれば財政悪化をなんとか改善させたいという新たな調整努力が一般的になり、そのことからも、このニューノーマルが定着するのではないかという考え方が、日本のビジネスの中に強くなった。ところが、昨年の暮れにかけて少しずつ見通しが改善し、今年1-2月についてはさらに水準が上向いた。外需、とりわけ勃興国と言われる中国、インド、ASEAN諸国の経済好調を前提として、ニューノーマルの水準を少し上に修正するという行為が出てきたのだ。ここまでは統計上確認されたことである。

 2011年の経済については色々な見通しが出ている。その中で、一部調整は残るものの、年の後半は良い要因がもう少し増えるのではないかという見通しが、少しずつではあるが増えてきている。その最大の理由は、アメリカにおいて金融緩和が実体経済に多少は影響を与えたのではないかというデータが出てきていることだろう。家計部門におけるバランスシート調整は依然として続いているが、発表されるアメリカの国民所得統計では、個人消費はGDP比70%強になっている。これは、年末商戦が好調であったことを示している。個人消費については一時大変厳しい見通しがあったが、いまだ調整中の家計もたくさんある一方で、サイフの紐を緩めることができる家計も増えてきたということであろう。それが、昨年10-12月において個人消費支出が思いのほか好調であったことに繋がっている。そして、こうした状況が2011年内はなんとか続くのではないか、という期待を持った見方が少しずつ増えている。このことを、ニューノーマルの水準が多少は折り込みはじめているのだろう。そしてもう一つ、勃興国における成長の持続は当面変わらないだろうという期待が、この指標に反映されていると言えるだろう。

 ニューノーマルの水準の予測に当って、我々が見るべきものは何か。日本国内において、新しい時代への適応現象がどういう形をとって出てくるのか。日本の設備投資を押し上げ、そしてそれを通じて国内需要を持ち上げ、ニューノーマルの水準を引き上げるという因果連鎖を引き起すに足る、新しい時代の備えに何か明瞭なベクトルは見られるのか。

 CIPPSでは先週、低炭素社会の実現を期して産業界においてどのような反応が起きているのか、とりわけ民生部門と言われる住宅建設や街づくりといった分野においての変化についてのワークショップを開催した。街づくりあるいは住宅の新しい在り様を考える上で、省エネルギーが議論され、太陽光パネル等による発電の機能等が強調されることは従来と変わらないが、大変興味深く感じたのは、電気自動車やプラグインハイブリッドといった新しい形態の乗用車を本当に普及させるためには、街並みも家々も、新たな仕様、新たな設計を備える必要があるという方向で、ベクトルの合成値とでも言うべきものが確認されるかもしれない動きが出てきたことだ。電気自動車の開発については、自動車メーカーがプラグインハイブリッド等省エネ高効率の車を車種も豊富に提供する努力を行っているが、例えば電気自動車の充電装置を街の中にどう配置するのかといった電力供給の仕組みを考えることも、新しい時代を迎えるのに不可欠な要因である。電気自動車の普及度が高くなれば、室内空間に車が溶け込むといったある種の親和性が出てくるだろう。これは即ち新しい街並み、そして新しい家の使い方に結びついてくる。
 このように、住宅や都市あるいは都市マネージメントにおける新しい仕組みの作用が、日本国内で動きだすかもしれない。低炭素社会を目指しそれぞれの分野において行われていた研究開発のベクトルが、都市インフラという形で統合されるかもしれないのだ。そうなれば、電力も、スマートグリッドによる最適化で需要サイドと供給サイドの両方ともに価格調整が行われるだろう。電力料金が高いときにはピークカットが自然に実現するということになるかもしれない。あるいは供給サイドを刺激するような太陽光パネルの設置等は、フィードインタリフという形で、固定価格で買い入れがなされる状況になれば、さらに普及のテンポが高まるだろう。そしてそうした新しい時代を迎えるためには、都市の交通インフラ、そして個々のサプライサイド、例えば現在ガソリンスタンドとして使われているところが、一部充電のための施設になる等々の整備が必要になるだろう。もちろん社会的な負担がどのようになされるのかということと裏腹ではあるが、低炭素社会を迎えた新しい街並みづくりというテーマ性がもし整ってくるのであれば、新しいあるべき社会像というものが生まれるだろう。そしてそれが日本の製造業に対してブレークスルーのきっかけとなるかもしれない。

 ニューノーマルと言われる水準を決めるものとして、内需という形で、新しい設計思想に基づいた生産活動が、どこかの時点で、かつてのピークを越えるような力のあるものとして出てくるかもしれない。そういう期待が2011年の年頭において高まっていると私は思う。それを実現するに当り、考えうる障害をいかに消していくかということが、目下の焦点だと思っている。

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