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理事長のひとこと

第192回 アラブ諸国の政変の中国への波及

  今回は、アラブ諸国から始まった民主主義革命とでも言うべき流れ、すなわちICT(情報通信技術)の新たな伝達手段を使った大きな流れが、果して中国にまで押し寄せるのかどうかというテーマを考えてみたい。

 中国にとっての一番の問題は、少数民族を抱えている地域における治安問題だと言っても良いだろう。よく『時計回り』という表現が使われるが、これは、チベットからはじまり、あるいはそれに台湾を加え、台湾からはじまる場合もあるが、新疆ウイグル自治区、そして内モンゴルの順で時計回りに反中国の勢力が弱くなるという意味である。
 今回の流れは、イスラム諸国から起きたため、中国の当局者は、新疆ウイグル自治区における問題が一番難しいと考えているだろう。新疆ウイグル自治区は、かつてはウイグル人の数が多かったが、現在では漢民族の方が多いという人口構成になっている。ウイグル人は、紅毛碧眼という言い方もあるが、外見上も、やはり漢民族とは大幅に異なる。また、文化や生活習慣に関して言えば、むしろアラブ人に共通のものがある。
 今からもう20年以上前、イスラムの研究者と一緒にウルムチ市とカシュガル市を訪れた。そのときイスラムの研究者は、ウルムチ郊外やカシュガル地方で見られるウイグル人の生活習慣は、中央アジアからトルコを通り、北アフリカのモロッコに至るまでの地域とほぼ同じものであり、文化圏としては一体だと言っていた。確かにウルムチ市やカシュガル市では、中央アジア、あるいはアラブの諸国とほぼ同等の光景や食べ物等についての習慣があった。そういう意味でも、もともとこの地域は漢民族にとっては統治することが難しい場所柄であった。
 しかし、ここではそれほど遠い話を議論する必要はないだろう。2009年、広東省でウイグル人と漢民族の間で対立が激化した。もともとは、雇用の場がどんどん増えていた広東省に、ウイグル自治区から働き手が来ていたのだが、2008年のリーマン・ショックにより、中国の対外輸出が大幅に減少し、2009年になると解雇がかなり進んだ。解雇が増え、広東省における治安が悪化し、小競り合いが起きたのが発端となり、民族間の対立も起こった。もともと広東省に住んでいた漢民族にすれば、職場が少なくなれば、あとからやってきたウイグル人に対する不満となる。それがちょっとしたことをきっかけで表面化したのだろう。このとき、ウイグル人女性への暴行疑惑をきっかけに紛争が起きた。このこと自体は、真実か単なる風説なのか実際のところはよくわからない。こうしたきっかけでの紛争は、よくあることと言えばそれまでなのだが、このとき、中国共産党にとって最も意外だったことは、このウイグル人と漢民族とのぶつかり合いの映像が、ウルムチ市をはじめとした新彊ウイグル自治区の人々に対して発信されたことだった。殴り合いが起きれば、どちらかが血を流すことは当然あり得るが、殴られ血を出しているウイグル人の映像を見た新疆ウイグル自治区のウイグル人は、自分たちの仲間が広東省でひどい目に遭っていることに憤り、騒動は一挙に新彊ウイグル自治区に飛び火した。共産党にとっては、騒動が飛び火したことも、意外なことであった。放送局を通じてではなく、一人ひとりの持っている携帯端末を通じて瞬時に映像を見ることができる。このことによって、多くの人にとっての情報空間が一挙に広がり、新しい事態を引き起したのだ。中国共産党が更に驚いたのは、最初は新彊ウイグル自治区でウイグル人が漢民族を襲うという騒動が起きたのだが、次の段階で漢民族の人たちがウイグル人たちを追い回す状況に変わったことだった。すなわち、チベットと同じように、新彊ウイグル自治区でももはや多数派は漢民族であり、両民族が武力対立することになった場合、どちらが勝利するのかについては、従来考えられていたパターンとはまったく異なるものになったという事実は、共産党にとっても衝撃だったようだ。私は北京で、中国共産党の治安に関して直接責任を持つ人たちと常に話し合いをしている人からこのことを聞いた。中南海は、この新彊ウイグル自治区における暴動が、本当に難しいところに来ていると認識しているそうだ。問題の波及の仕方が、従来の共産党の統制の枠外から思わざる飛び火をするという動きが突然やってきたのだ。実質上の輸出停止が雇用問題を引き起こし、さらに人種問題に火をつける。そして、これが一挙に遠隔地にまで飛び、さらに情報の渦となり、最後はこぶしとこぶしがぶつかり合うというこの一連の動きは、少数民族が存在する地域内でことが起きるという従来の紛争パターンとは、まったく違うものである。このことは、それだけ中国がグローバリズムに巻き込まれ、そしてまた、情報革命の波が既に中国全土を覆うようになっている表れだろう。

 今回のチュニジアでのジャスミン革命からはじまった流れについて、中国国内ではどのような伝わり方をしているのだろうか。ジャスミンは中国でもお茶の銘柄として有名なものだが、ここからくるイメージがどういう形で伝わっているのかはわからない。しかし、いずれにせよ新彊ウイグル自治区には、こうした流れが波及する可能性があると言えるだろう。この地域には、少なくとも不満を持っている人たちが大勢いる。そして、まったく等しい生活習慣や基本的な生活様式を持つアラブの人々が、同じような不満を持ち、チュニジアで、エジプトで、リビアで、バーレーンでこうした革命を起こしたということになれば、彼らがそれに影響を受けることは当然考えられることだろう。

 中国でも2月27日、ネット上で集合場所が示され、集会を開こうという呼びかけがあったようだ。北京、上海といった主要都市ではこうした集会を未然に防ぐため、極めて厳しい態勢がとられた。これが中国共産党の一つのやり方だと言えるだろう。
 中国共産党の首脳陣も、本当にこの問題が大きく波及する可能性があるのは、おそらく新彊ウイグル自治区だと考えているだろう。それだけ矛盾が内攻していることもあり、また、火元がこのイスラム圏であることから、同じ文化の中で起きたことがなぜ新彊のウイグル人は起こせないのかという問題提起も当然出てくると思われるからだ。
 中国共産党のレジームは、アラブ諸国に比べ、数段強化されている。そして経済実績という点でも、中国はこれまでに、高い成長率でそれなりの実績を示している。したがってすぐに新彊ウイグル自治区でチュニジアと同じことが起きるということは、あまりにも単純化した話であり、簡単には言えないだろう。しかし、今回の一連の経緯は、中国共産党において、民意をいかにして引き出すのか、あるいは民意に開かれた議会をどういう形で持ち始めたらいいのかといったことを本格的に検討する際の課題になってくるだろう。

 偶然今週、全人代(全国人民代表大会)という中国の国会が開かれる。この数年の全人代では、意外にも各地域の実質を示す言葉が比較的素直に出てくるという面が垣間見られている。今回も肉声に近いものが各地域から上がってくる可能性はあると私は思っている。そして、中国共産党が少しずつでも内側を変化させなければならないと考えていることの証左でもある新しい変化も見られるだろう。

 今回のチュニジア、ジャスミン革命の波及についての中国共産党首脳部の警戒感は、われわれが考えている以上に、相当強いものだと考えた方がいいだろう。

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