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理事長のひとこと

第193回 韓国から見た中国と日本

  先週、韓国で開催されたシンポジウムに出席した。その際、韓国の知識人たちと議論する機会があり、最近の韓国の情勢を聞くことができた。その中から、とりわけ対中国関係そして対日本関係の二つについて私の感想を述べてみたい。

 まず中国に対する意識についての感想である。21世紀に入り、韓国の輸出仕向け先として、北米よりも中国の占める割合が高くなった。とりわけリーマンショック以降は、中国向け輸出は依然として好調である一方、北米やEUという先進国向けにはなかなか輸出が伸びないという情勢があり、韓国のビジネスの人々が、中国の経済情勢そして中国の政治動向に関心を高めていることは当然予想されていた。私も中国についての関心はいや増しに増えているだろうと予測していた。
 ここ数年私は、1年に2、3度はソウルを訪れており、韓国の知識人たちの意識の変化についてはそれなりにフォローしているつもりだった。しかし、今回の訪韓で、韓国の人々の中国に対する関心が思いのほか強いだけではなく、中国の言い分を掛け値なしに聞いてみようという意向が強いということを感じた。今回出席したシンポジウムのオーガナイザーのテーマやスピーカーの選択の仕方からもこのことは推測できた。現在、中国の対外投資が世界的にも広がっている。例えば資源に対しては、オイルメジャーズが手掛けていないところを中心として試験的な投資が行われていることはよく言われているが、昨今では、さらに日本の製造業、あるいは時には韓国に対しても投資力を持っている人が中国にいることは間違いないと言われている。韓国では、そうした中国の人々にアクセスしたい、彼らが何を考えているか常にフォローしておきたいという気持ちが非常に強くなっているようだ。こうした背景から今回のシンポジウムについて推測する限り、例えば中国の中で庶民レベルにおいて、あるいは知識人の一部にも広がっている「人民元を急速に切り上げるべし」という米国政府やエコノミストの主張に対する反撥について、中国のスピーカーにそのまま話させ、聴衆に、「中国の一部では経済に関してこうした反米感情が高まっていて、今後米国の国債を中国の溢れる外貨準備で買い続けることは適切ではないと考えている人が出始めているのだ」ということを伝える意図が主催者にあったと言えるだろう。今回のシンポジウムは、中国を観察する視点を、広く韓国の経済人に知らせるというしつらえになっていたのだ。中国内部において、米中関係に距離を置く考え方がこれだけ増えていることを、特に政治向きに伝えるこのシンポジウムの内容は、私にとって驚きであった。

 一方、こうした中国に対する関心に比して、日本の動向はあまり伝えるに足るものはないという構えが増えているように感じた。中国脅威論というわけではないが、韓国としては、中国に起きていることを、右も左も、上から下まで幅広く認識するための装置を用意しておきたいと考えているようだ。それと比べ、日本をウォッチする必要性あるいはその幅を広げなければいけないという類の話はずっと少なかった。

 ただし、韓国内部にも、このような中国の対米認識を正確に捉えることが出来るかどうかという議論はある。例えば韓国の政府の局長以上では、米国でPhDを取得した人が2人に1人いると言われている。また、韓国で有数の5つの大学の教授のうち、9割を超える人がアメリカでPhDを取得しており、シンクタンクにおいても研究員のPhD取得先の7割が米国である。もちろんこれは米国における高等教育部門における受入能力が高いことを示してはいるが、これでは米国的な考え方を通じてしか国際社会を見られないのではないか、韓国はバランスを欠いているのではないか、という議論も韓国の中でついに出始めている。現在の世界は、米国一極支配でもなく、米国の経済システムがうまくいっているわけでもない。金融政策等について言えば、むしろ米国が世界に混乱をもたらしている可能性すらある。その米国の研究機関で勉強した人ばかりが政府にもシンクタンクにも大学にもいて、それ以外のところのものの見方を反映しなくなっていること自体は問題ではないかという議論も一方ではあるのだ。そうした中、今回のシンポジウムの主催者は、とにかく中国の人々が何を言い始めているかを聞く以外はない、とりあえず聞いてみようという趣旨でこのシンポジウムを開催したのだろう。

 他方、韓国における日本についての関心が、中国と比べて余りにも低すぎるという議論も出始めている。サムソングループ総帥の李健煕(イ・ゴンヒ)氏は、つい最近、「日本は依然として学ぶに足る国である」と敢えて言った。敢えて言ったということはどういうことか。サムソンエレクトロニクスをはじめとした韓国企業は、製造技術、あるいは知的所有権等について日本の企業から未だに非常に多くのものを得ている。人の交流でも、日本の企業を退職した人たちが韓国の企業で色々な技術指導にあたっているという深い依存関係がある。技術とりわけノウハウ等に関わる点について、依然として韓国が日本の技術人に大幅に依存していることは事実であり、李健煕氏がそうした発言をするのは当然である。しかし、若い人には、そうした依存関係は見えていない。例えば、亡くなった祖父母あるいは親の年金を黙って使っていた事件は、日本のメディアでも大きく取り上げられていたが、韓国においても大きく報道されていたようだ。こうした報道を通じて日本人像を知った若い人たちは、自分が知っていた日本とは違う、そういう日本なら何も学ぶ必要はないという印象を持つことになる。雇用情勢や社会保険料の拠出等についても、出されるデータはいわば『日本の衰退』という表現が当てはまるようなものが多い。こうしたことを背景に、もはや日本から学んでも仕方がないというのが韓国の若い人たちの大きな流れになってきているのだ。もう少しシニアの人たちは、依然として日本の技術に依存している面があったり、あるいは今後も技術協力はお願いしたいという気持ちを持っているため、若い世代がことごとくもはや日本から学ぶところはないという姿勢をとるようでは、現実に不都合が生ずると考えている。彼らは、そういった不都合が生ずることを避けるために、依然として日本は学習の対象であるとあえて言わなければならないのだろう。

 韓国における日本についての評価は、しばらく前に比べてこれほどまでに変化してきている。このことについては、もちろん韓国の人々をあげつらうべきではなく、われわれが、日本の内側のどこに問題点があるのか、そしてどのようにして問題を改善することができるのかということを提案すべきことであり、頂門の一針として受け止めるべきことだろう。
 いずれにせよ、日本の影は、例えば韓国においてもやはり低下しつつある。今後の日本と韓国と中国との関係を考えるとき、あるいは北朝鮮の暴発を封じ込めるために韓国が日本との間で何ができるのかについて考えるときに、日本についての相対的評価の低下は、日本が外交上の柱をつくり上げていく上で、不都合になりはじめていると言えるだろう。

 今週明けは前原外務大臣の辞任というニュースからはじまった。こうしたことも、日本は内側において極をつくれないでいる国であり、政情不安はまだ続くという議論に繋がるだろう。ソウルにおいては、菅政権がどうという論評よりも、日本の政治構造はそもそもいったいどうなっているのだという議論が常に聞かれる。われわれもこれに対して明瞭な答えができるわけではないが、なぜこうした混迷が起きているのかについて一応の説明をする。しかし、そうした説明に納得する人は少なく、それでわかった気にはなれないというのがソウルの実際である。

 4月にもまたソウルで別のカンファレンスが開催される。これは、特に北朝鮮に対して韓国、日本、米国を中心にしてどのような態勢をとりうるのかということをテーマとしたカンファレンスであり、私はこれに出席する予定でいる。

 韓国の人々の日本に対する期待感がしぼみつつあることは日に日に感じている。近隣との間、最も近い国である韓国との間にすら十分な意思疎通ができない日本の政治、そして日本の社会構造が、われわれの目前に顕れてきていることは自覚せざるをえないのではないか。

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