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理事長のひとこと

第195回 NATO軍のリビア軍事介入について

  今回はリビアに対するNATO軍の攻撃について、私の歴史的な感じ方を述べたい。

 1ヶ月程前、ドイツで大変定評のある質の高い新聞DIE ZEIT(ディ・ツァイト)の編集委員が来日し、議論する機会を得た。彼からの質問は、「東アジアにおいて日本と中国はうまくいっているとは言えず、軍事的な衝突さえあり得るというシナリオがあるが、日本は東アジアにおいてどのような対応をするつもりなのか。ヨーロッパから見る限り、日本は隣国との関係において戦争のない状態をつくりきれているか甚だ疑問である。ヨーロッパは20世紀の歴史のなかで2度の大戦を繰り返し、その惨禍のなかで色々と学習してきた。結果として今日では例えばドイツとフランスあるいはイギリスとドイツが衝突するようなことはもう誰も考えていない。そういう意味において隣国関係をうまくつくり上げてきた歴史があるが、なぜ日本は中国との間の軍事的な紛争になりかねないテーマについて正面から立ち向おうとしないのか。」というものであった。
 このとき彼の用いた言葉、概念は非常に興味深いものであった。彼によれば、ヨーロッパはモダニズムを克服した。モダニズムとは主権国家を中心とした国際体制であり、17世紀に成立したウェストファリア体制と呼ばれるものである。この体制においては、主権国家と主権国家が対立するという関係があった。三十年戦争の講和条約であるウェストファリア条約に調印したのはドイツ、フランス、スウェーデンの3カ国であったが、この条約には、これ以上の戦争態勢を脱却するために主権国家に役割を与えるという目的があった。この体制下において、二度にわたる大戦争がヨーロッパを主な戦場として起きた。そのため、この体制からの脱却過程において、欧州共同体をつくり上げていくことになったのであり、欧州共同体が誕生したことは、すなわちモダニズム(近代)をある種克服したことであるというのが彼の考え方であった。その上ソ連邦が崩壊した後は、このユーラシア大陸においては、ロシアと戦うこともなくなった。したがってNATOの歴史的な役割も終り、隣国における武力紛争もなくなり、われわれはポスト・モダンという時代に入ったというのが彼の認識であった。モダンはもちろん産業主義でもあるが、他方で隣国との間で戦争を繰り返し行ってきた体制でもあったが、ヨーロッパはそこから脱却し、ついにポスト・モダンに入ったというのだ。こうしたヨーロッパの視点からすると、東アジアではまだポスト・モダンの兆しすらない。日中間の紛争処理に関わるノウハウの集積はあまりにも乏しいのではないか、なぜ日本は自ら進んで、モダンからポスト・モダンへの移行を開始しなかったのか、というのが彼の問いかけであった。

 この話は日本にとって大変重いテーマであり、どこかの時点で私はこの問題に触れ、レポートを書いてみたいと考えている。しかし、今回はそのテーマではなく、わずか1ヶ月程前に、ヨーロッパの知識人が「もはやNATO軍が特定の国を相手として軍事展開する可能性はどんどん小さくなっている。もちろんイラクと異なり、アフガニスタンの各地においては、ヨーロッパの軍隊も戦争を継続しているが、これはごく短期的な話であり、アフガニスタンからも次第に距離を置くという大きな流れのなかで、ポスト・モダンはヨーロッパにとって当然のことである。」と述べていたことについて考えてみたい。

 ジャスミン革命からはじまって、エジプトのムバラク大統領がその地位を追われるまでは、NATO軍による軍事介入はヨーロッパでもおよそ視野になかったことだろう。しかし、リビアでカダフィが反政府軍に対して容赦なき軍事攻撃を加え、リビアの人たちが次々と傷つけられるなかで、もう放ってはおけないとNATO軍は、空中からカダフィの軍隊に攻撃をしかけることを決断した。今回のNATO軍の戦略で極めて興味深いのは、米国の側から、指揮権の移譲を言い出していることだ。地上軍を派遣することはもちろん米国内で認められるはずがないという議論が決定的に多い。しかし、空中からの攻撃についてもフランス、イギリスあるいはドイツの軍隊に指揮権を移譲したいと言い出したのだ。

 この状況は、1ヶ月程前にディ・ツァイトの編集委員と議論したポスト・モダンとはいえないのではないか。人権という人間として根底的なところで守らなければいけないもののために立ち上がってくる人々を攻撃し続けるカダフィに対抗して軍事力を行使するのは、残念ながらポスト・モダンの局面ではなく、モダニズムの延長線上にある事態だと言えるだろう。この事態はヨーロッパのなかでも間違いなく懸念となっているはずである。果して空中からカダフィ軍を叩くだけで済むのか、地上軍の展開は必要ないのか、という議論も始まるだろう。そして、リビアにおける内戦が長く続くという局面においては、NATO軍あるいはヨーロッパの主要国にとって、いったいどのような軍事的選択肢があるのかという議論にもなっていくだろう。

 ヨーロッパの問題については、今から2年前、当時は東ヨーロッパ、特にハンガリーの経済情勢に問題が多かったが、米国のヘンリー・キッシンジャー氏は「ヨーロッパの力がドイツといえども衰えているので、ハンガリーを救済仕切れるのかどうか疑問だ。」と述べていた。リーマン・ショック以降の経済の混乱のなかで、東ヨーロッパも大変な混乱に巻き込まれたが、ドイツといえどもこれを救うことはできないというのが2年前の情勢だったのだ。その後ギリシャ、ついでアイルランドの問題が深刻化し、今日ではポルトガルにも問題が生じはじめている兆しが少なくともある。当然、東ヨーロッパについてすら十分な面倒を見られなかったEUの主要国が、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルを片端から面倒見られるのか、というテーマが生じる。他方、アラブ諸国の治安はしばらく回復することが難しいかもしれないというなかで、地中海を挟んだヨーロッパ側の対応も本気にならざるをえない。その最も端的なあらわれが今回のリビアに対する空中からの攻撃ということになってきている。
 すでにヨーロッパ大陸においてはアラブ系の人々の比重が人口的にも増えている。5%を超えている国も多い。この先20年、30年を考えるとヨーロッパにおけるアラブ系の人々の比重は10%程度まで高くなるだろうという予測が一般的になってきている。そういう意味ではヨーロッパとアラビアが一緒になった『ユーラビア』という呼び方も増えている。そうしたなか、ポスト・モダンではなく、モダン(近代)を象徴する軍事力の投入による状況のコントロールという問題に、NATOは追い込まれている。少し前まではこうした情勢は考えられなかった。
 キッシンジャー氏は2年前に、「ドイツあるいはEUの主要国がハンガリーさえ救済できなくなっているなか、例えばアフリカで問題が起きた場合、介入するとすれば、やはり米国になるのではないか。」とも述べていた。しかし、今回見られるように、リビアに対する空中からの攻撃について米国は指揮権を放棄しており、地上軍の投入ももちろんない。米国も地上軍はアフガニスタンとイラクで精一杯ということであろう。もっと言えばアフリカについては、『ルワンダの悪夢』があるということを言う人もいる。これはクリントン政権の時代、ルワンダに投入され、殺された米兵を地元の反乱軍が引きずっている写真が全米に流れたことがあり、軍事介入についての拒否感がアメリカのなかで極端に高くなった事件である。これがアフリカへの米軍の地上軍の投入を阻止している一番大きな理由だと言う人もいる。いずれにせよ、米国もリビアへの本格介入は避けたいが、カダフィの蛮行は目に余るということなのであろう。
 一方、ヨーロッパの人々、特にヨーロッパを支えてきたドイツ、フランス、イギリスという中枢国の人々は、リビア問題をどのようにして解決するのかについて十分なソリューションを描ききれないなか、やむにやまれず空軍力を使った攻撃をしているというのが現状だろう。

 日本も震災以降、色々と難しい問題を抱えているが、ヨーロッパも根底的なところで周辺地域とのあり方をめぐって、テーマが次々と展開しているということだと思っている。

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