トップページ > 理事長コーナー > 理事長のひとこと

理事長のひとこと

第218回 TPP加盟問題とウルグアイ・ラウンドにおけるコメ開放

  今回は、トランス・パシフィック・パートナーシップ(環太平洋戦略的経済連携協定・TPP)への日本の加盟問題を、細川護熙内閣における1993年のウルグアイ・ラウンドでのコメ市場開放の問題と対比して議論したい。

 今度のTPP加盟問題も、また細川内閣でのウルグアイ・ラウンドのコメ開放の問題もいずれも日本の農業を巡るテーマとして相当難しい意思決定過程と言えるが、ウルグアイ・ラウンドの際はより厳しかったと私は思っている。なぜならばその前の段階において、日本の国会は「コメを一粒たりとも入れない」即ち日本にコメを輸入することはないという決議を繰り返していたからだ。こうした背景の中、高関税率ではあるが日本にコメを輸入すること、そしてミニマム・アクセスという形で最小限の輸入量を日本がコメ輸出国に対して保証する措置が導入されることになったからだ。当時農業団体の一部では細川護熙首相(当時)の藁人形を逆さにして吊り下げるような事件もいくつか起きた。単なる嫌がらせではあったが、そうした行為に対して社会的抑制が効いていなかったのが当時の事情だったと言えるだろう。当時私は「日本人とコメとの関係は直接的、いわば宗教的とでも言っていいほどのものであり、外国の商行為を通じて日本にコメが入ってくることは日本の何かが日本人の何かが変わるかもしれないことだという物の言い方が許されていた」と判定していた。
 このときのコメの開放がどの程度の犠牲を伴ったのか、即ちどの程度の財政的な投入をしたかと言えば、その額は約6兆円であった。現在の東日本大震災に対する復興予算の規模と比較しても、この額は破格であったことがわかる。コメ開放とは言っても関税率は700%以上を用意するというものであったが、このために日本の国家が支払わなければならなかったのが6兆円だったのだ。その上、この6兆円によって日本の農業の生産性が明確に向上したという証しはない。そうした論証や挙証ができない種類のお金がこの6兆円であった。
 細川護熙元首相を擁護して言えば、ウルグアイ・ラウンドでの決定後、実際に6兆円の支出が決まったのは自・社・さの体制においてであった。もちろん何らかの形の財政的な支援が農業セクターに対して成されるという暗黙の合意はあっただろうが、細川内閣の下においてこれが予算化されたわけではない。
 しかし、こうした農業の生産性の向上に結果として結びつきそうもない、言うならば「握り金」が6兆円単位で支払われたことは、我々が日本の現代政治史の中で記憶しておくべきことだろう。

 今回のTPPに関して言えば、反対陣営は、反対するのが農業だけでは不十分だと考えているのだろう。TPPはただ単に農業だけではなく、全般的な経済開放そして高度な連繋ということになるという理由から、様々な立論が出てきている。例えば進んだ医療体制が日本に入ってくると、高度な薬品や治療方法も入ってくることになり、やがてそれは混合診療の要求となるはずだが、この混合診療が我が国に入ってくれば、開業医の中で成り立ちゆかないところが出てくる可能性が高い、あるいは国民皆保険制度そのものが揺るがされる可能性もあるという類の立論も出てきている。また、米国の弁護士業界は日本におけるより自由な法曹活動を要求しているため、こうした分野でも対外開放が不可避となり、日本の法曹人口が過剰になる可能性があるという類の話も取り上げられるようになっている。今日、こうした議論から、例えば医師会や日弁連といった団体もTPPには反対するという形で、反対陣営が膨れ上がっている。反対陣営をいくつも数え上げたほうが政治闘争上は勝利しうるのではないかと、誰かが考えているのかもしれないが、昨今の民主党の内部、政権与党の内部における会合ではTPPを受け入れれば日本がひどい目に遭うという類の立論が増えているようだ。
 こうした主張をするのは、既得権業界と言ってもいいだろう。その他、例えば介護士等についても、介護サービス従事者が東アジアの各地等から自由に入ることになると、日本の介護サービスにあたる人たちの所得基盤そして仕事の量を減らすのではないかという懸念があり、こうした人々もTPP反対の陣営に数え上げられるという議論もある。
 もちろんこうした主張にはそれぞれ需要サイドがある。農業の開放は一般的に言えば消費者にとって利便があることである。親の介護に頭を悩ませている人にとってみれば、より自由な契約を通じて介護サービスを受けられるようになれば、自分たちの生活を維持しつつ親の介護にも取り組めることになる。難病を抱えた人にとってみれば、混合診療を通じてより高いサービスが手に入ることは間違いなく利便である。ところが、こういったことについて供給サイドの団体における評価を政治に押し付けるという仕組みで、現在TPPが議論されようとしている。
 当然、このTPPの議論はより大きな視点で、誰が利便を得るのかという問題として議論されねばならないだろう。TPPの枠組みが日本に入らない、あるいは入るとしても国際社会の動きの中で相当程度遅れることになれば、いくつかの日本の製造業は、今後日本列島を製造拠点として位置付けることが非常に難しくなるというテーマも既に生まれている。

 韓国の李明博大統領は、色々な国内の抵抗があったにもかかわらず、米国とのFTAに踏み出し、そして遂に米国議会もこれを受け入れる流れになった。私はこのことは、第二次世界大戦後、韓国という映し鏡に日本が自らの姿を映すことにより、どこに贅肉がついていて、健康上どこをスリムにしなければいけないのか、即ち日本の改善点が浮かび上がる初めてのケースだと思う。
 李明博大統領はこれまでの韓国大統領の中でもっとも親日的だと言っていいだろう。彼の実兄は国会議員だが、ソウルで韓日議員連盟の会長を務めている。彼も実兄も幼児期に大阪で育ったこともあるようだが、いずれにしろ今後の日韓関係を考える際、李明博大統領の在任中に何とか長期的な日韓関係を作っておきたいという思いは日本の関係者に非常に強い。こうした問題もあるが、より重要なのは、李明博大統領が導入した意思決定システムと彼の果断さを見つつ、自らの公的意思決定過程にいかなる欠陥があるのかを知ること、そして彼のつくり上げた見取り図を見ながら我々が道筋を考えることであろう。韓国とEUとのFTAもやがて発効することになる。数値を挙げれば明確だが、EUでは、乗用車に10%の関税をつけており、薄型テレビでは14%をつけている。今後韓国からEUに輸出されるものにはこの関税がつかず、日本からのものには関税がつくことになる。このデータ一つをとってみても、自由な枠組みに入らなければ、日本の乗用車生産あるいは電気製品生産の優位性は一挙に消えることがわかる。
 李明博大統領は、さらに中国との間にもFTAを結ぼうとしていると言われている。次の焦点は韓中だと李明博大統領の周辺はもはや言い始めているようだ。ここでも中国と韓国が先に出れば、中国向け輸出も韓国で作って持っていくということになるだろう。いずれにしろそうした積極的な国際社会に対する打つ手を李明博大統領がとり続けていることを導きの糸として、我々は道筋を考えるところにきていると言えるだろう。
 日本と韓国とのFTAでも一つひとつは非常に細かい幾つかのテーマがあるが、それも克服できないでいる。例えば日本でも韓国でもよく使われている海苔について、日本の海苔業者が韓国からの海苔が入ってきたら生活基盤が崩れるというような主張をすれば、海苔が障害となって日韓FTAの交渉が進まない。あるいは、日本と韓国との間ではフェリーが行き来しているため、韓国で走っていた乗用車が日本で走ることは、当然彼らも想定しているが、現在のところ韓国の車が日本の道を全面的に自由に走ることは認められていない。車検制度という日本独自の制度があり、日本の道路を走るためにはこの車検をパスした車しか走らせないという主張が根拠となっているのだ。このことは、日本のシステムが良いかどうかはともかく、他の国の車が日本の車検をとっていないから入れないという類の話になってしまう。もちろん一般論で言えば、整備が不十分な車が高速道路で道をふさげば多くの人の迷惑になり、故障しそうな車が入ってきては困る。これは一般論としては間違っていはいない。しかし、日韓FTAに関して日本政府が意見を述べる際、「日本の道路を走る車は日本の車検制度をパスしていることが前提だ」と言うことが、韓国の人々をどの程度傷つけているのかについてもう少し考えたほうがいいと私は思う。

 TPP問題がどこに着地できるかについては一つひとつよく吟味して考えるべきだが、日本で通用している車検制度を一切変える気はないという前提では隣国とのFTAすら確かに結びにくい。我々がいったい何を基準とすべきかについては、外に開かれた社会を作る中で我々の利便や将来の道筋を決めたいと思う以上、もう少し日本の内側で一つひとつを我々が議論しなければならないだろう。

↑ページの先頭へ