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理事長のひとこと

第230回 台湾総統選挙の結果について

  今回は、台湾で行われた総統選挙の結果をどう見るのか、そしてこの結果が台湾海峡を挟んだ台湾と中国との関係だけではなく、日本を含む非中国が中国との間に持つ関係性にどう関連してくるのかというテーマについて話したい。

 今回の総統選挙については接戦が予想されていたが、結果としては、馬英九候補が51.6%の得票率で少しゆとりをもって勝利した。蔡英文氏は今回民進党の方針を有権者に受け入れられやすいように相当程度変えたが、結果は45.6%の得票率であり、接戦ではあったがやはり馬氏に及ばなかった。
 この結果は、台湾の人々がやはり台湾海峡の安定を望んでいたということを意味するだろう。それは即ち安全保障の問題であるとともに、台湾海峡が安定的に推移すれば、台湾のビジネスの中で中国との関係を今後もうまく展開でき、利益が得られると考える人の層が次第に厚くなってきていることでもある。馬英九候補の国民党に票を入れた人たちも現在の中国の社会システム、政治システムによって台湾が覆われることを望んでいるわけではない。しかし、台湾海峡が平和であれば、台湾における社会のあり方、政治のあり方は大陸中国との間に距離を置いて取り組めるという意味の票だと考えられる。
 かつて民進党は『台湾独立』という明確な旗印を持っていた時期もあった。しかし今回の選挙に臨み民進党の蔡英文氏は、民進党が台湾独立をもっぱら主張する政党だという色彩を下げ、一つの中国という大原則の下において台湾はどれだけ本土との間に社会を差異化できるのかというテーマを掲げた。報道によれば、この蔡英文氏の主張に対して北京では多くの人が「建前と本音は違うのではないか」という猜疑心を持っていたようだ。即ちどこかの時点で『台湾独立』のカードを切る可能性は決して少なくないという猜疑心であった。
 今回の結果が明らかなように、中国が持っている潜在的な成長率そしてそのことによって広がる商売の領域は、間違いなく台湾をも包み込んでいる。いくつかの報道で興味深かったのは、中国では月餅というお菓子があるが、この月餅も台湾で作られ中国に出荷されているというものだ。つまり商圏が広がっているという。中国の人たちも台湾で作られたお菓子を高く評価している。その理由は、味もあり、安全性という面もあるだろう。中国の豊かな人々が1.5倍から2倍くらいの少し余分な値段を払ってでも台湾からの月餅を買っているという事実は、私にとって大変印象的であった。

 私が初めて台湾を訪れたのは1969年であった。それからしばらく訪台していなかったが、1988年に二度目の台湾訪問をした際は、台湾の政治家や大学教授等と話をすることができた。この際、私の予想に反して、台湾のインテリたちは孫文のことを決して高くは評価していなかったことには驚いた。国民党の人ですらそうであったのだ。色々な経緯はあったが少なくとも国民党は第二次世界大戦後、台湾の支配的な政党であり、孫文に繋がる蒋介石を戴いて政権を作ってきた。その孫文の令名は台湾の中にも間違いなく広がっていると思い込んでいたが、台湾の人たちにとっては辛亥革命以降、中国の国民党が行ってきた仕組みに対する全面的な同調はあり得ないのだと知った。確かに孫文の履歴を見ると、台湾で活動したことはない。彼は、香港、その前はハワイ、そして日本において活動しており、日本の中でも孫文理解者は数多く存在した。しかしその当時台湾で孫文の影響力が非常に強かったということはなかったのだ。孫文は宋慶齢と結婚した際も新婚旅行で有馬温泉に来ているそうで、日本に対しては色々な意味でシンパシーも持っていたようだ。日本の中にも孫文を敬愛する人たちが層として相当程度あったことは間違いない。
 台湾では、国民党が共産党との内戦に敗れて台湾にやってきた際、日本軍、指導者としての日本が撤退した後、国民党がやってきたという意味で「犬去り豚来る」という表現もあった。犬は強権的あるいは吠えたり噛み付いたりするというイメージで日本軍のことであり、豚はむさぼりつくすというイメージで大陸から台湾にやってきた国民党、敗残兵を指している。台湾にやってきた国民党あるいは国民党軍に対して、地続きの台湾の人々はこうした評価をしており、確かに孫文に対する思い入れがあったわけではないのだ。
 昨年は辛亥革命100年の年であったが、台湾でどの程度、革命についての議論が起きたのかは残念ながらフォローしていない。しかし我々日本人が中国を捉える捉え方と、台湾の人たちが中国を捉える捉え方とは、当然ながらやはりどこかで違いがあることは確かである。

 従って、今回の台湾の総統選挙において馬英九氏が勝利したことは、国民党であるから支持したということよりは、安定した台湾海峡の下において生活の基盤をより安全、より繁栄するものに繋げたいという気持ちが相当程度入っていたと考えるべきだろう。当然、中国共産党もこの台湾の選挙の行方に大変関心を持っていた。既に中国においては台湾の企業が大規模展開しているが、今回の総統選挙の際、こうした中国にいる台湾の人たちに対して台湾に戻って投票に参加することを呼びかけ、ある種の方向性が示された可能性は大変高い。およそ20万人が中国から台湾に戻り、この週末の投票に参加した可能性があると言われている。本当に20万人いたかどうかは確かではないが、そうした可能性はやはりある。中国大陸の中で仕事をしている台湾の人たちは、中台関係が安定的であることを当然望んでいるだろう。中国共産党に、帰国して投票に参加することを促されなくても、自ら台湾に戻って投票したいと考えた人が多いことは間違いない。
 今回投票に参加した人は約1300万人であり、20万人は1.5%に当る。その20万人の影響で馬英九氏が勝利したというほどの接戦ではなかったが、得票の差が予想よりも広がった理由のひとつには、この中国から台湾に戻って投票に参加した1.5%程度の人たちの影響もあるのではないか。当然北京では、馬英九氏が勝利したことを評価し、喜んでいるが、ワシントンDCでも同様に、よい結果になったと評価されている。もし民進党の蔡英文氏が勝ち、どこかの段階で『台湾独立』のテーマが浮上すると、米国ではまた一つ、台湾海峡を挟んだ緊張激化にどのように対応すればよいのか、という東アジアにおける米国の選択にとって難しいテーマが浮上することになる。それは現在の米国、ワシントンDCにとって、決して望んでいるシナリオではない。何とか問題を封じ込めながら、中国の変化を中長期的に待つという流れが米国の望むところなのだろう。

 台湾の人々にとって中国とどのように付き合っていくのかは非常に難しい問題である。大変興味深いことは、このことと日本のビジネスあるいは政府が中国とどのように付き合うのかという問題には、昔に比べれば相当程度類似性が出てきている。日本のビジネスの一部には、これから中国における経済調整が厳しくなったり、中国の中において社会秩序の問題が生じたり、ビジネスリスクがこれまでより拡大する可能性が高いと考えた場合、例えば中国内で成功している台湾の企業と部分的に提携することによって中国リスクを封じ込めることができないか、あるいはそのレベルを下げることは可能なのかについて真剣に考える人たちも出始めている。

 そういう意味でも台湾の人たちが今回選択した結果は大変興味深い。中国との距離感をどうとるべきかというテーマは、いまや日本のビジネスにとっても非常に大きなものになりつつある。今回の台湾の人々の選択の結果は、このことについてある種の指標性を備えているのではないだろうか。

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