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理事長のひとこと

第233回 今後のCIPPSにおける国民共通番号研究について

  CIPPSでは国民共通番号に関して研究会を積み重ねてきたが、政府でも、税と社会保障の一体改革の一つとして、マイナンバー法という形で国民共通番号を導入する仕組みを次第に作り上げようとしている。おそらく通常国会では、この法案も提出されることになるだろう。
 これまで出されている概要等を見る限り、政府の導入しようとする国民共通番号が、インフラストラクチャーとして、一人ひとりの国民が自己統治の質を高めるものに繋がるかどうかは相当怪しくなっていると言えるだろう。大きな流れでは個人番号についての通知は総務省となっている。総務省は住民基本台帳を管理しており、自治体との関連もあるからであろう。更に、税金の徴収に関わる業務に番号を使いたいという政府の意向が非常に強くなったため、法人番号については国税庁が通知することになっている。また、情報連繋基盤についても内閣府と総務省の共管ということになる。この状況では、付番に関わる全責任を持った政治家が一人任命されるかどうかも怪しくなってきていると言えるだろう。

 国民共通番号について世界的に大きな流れを作ったのは、インドの付番大臣ナンダン・ニレカニ氏の動きだろう。以前も紹介したことがあるが、ニレカニ氏はインドのIT企業、インフォシス・テクノロジーズの創業者の一人である。彼は非常にイマジネーションのある人物であり、彼の書いた『Imagining India(インドを構想する)』はインドの新しい社会の骨格を考えるという意味のタイトルになっているが、その中で彼は生態認証が利くような国民共通番号を導入し、インド人12億人にその番号に入ったカードを配ることによって、一人ひとりのインドの生活者は自分の生活の改善に繋げ、行政は無駄を廃し、不正な補助金の取得等を封じ込めることができる、という非常に重要な付番の思想について述べている。そしてこの付番の思想の延長線上において、インドの12億人の人々がたとえ山間僻地に住んでいたとしても、貯金をして銀行口座にこれを預け、必要なお金をまた引き出すことができるという機能も共通番号を通じて可能にさせるとした。どんな山間僻地にもよろずや的な、言うならば現金の授受を行っているお店があることは間違いない。この現金を通じて物を売っている店と銀行が代理店契約を結ぶことにより、その店頭にカードの読み取り機を設置する。本人確認ができた場合には、そのカードで一人ひとりの預金口座から現金の引き出しができ、手数料はもちろんその店に落ちる。最初の段階で銀行が山間僻地のような辺ぴなところに住んでいる人たちと預金契約を結んでおけば、そうした機能をインドの津々浦々に広げることができる。そしてそのことによって多少蓄えをして、銀行に預金できるインド人が増える。日本でもかつて成長率が高かったときには定期預金金利が6%という時代もあったが、インドのような開発途上国の場合、預金金利は10%に近いこともありうる。即ち10年間そのまま複利で持っていると2倍になり、預金の意味は非常に重い。こうした預金の機会を12億人全てに与えるためには、共通番号を通じて銀行代理店があらゆるところに設置されることが必要であり、そのことを通じて一人ひとりと向き合う仕組みが作り上げられることになる。
 一方、インドには所得の低い人が小麦粉等の食料品を安く買うことができるフードスタンプに相当するものがあるが、不正にこのフードスタンプを取得してしまう人も多かった。州の総人口と同じ、あるいはそれ以上にフードスタンプの取得者がいるのがインドの各州でよく見られた現象であった。言うならば、食料品や小麦粉を正規の値段で買っている人は誰もいないというようなことが日常的に起きていたのだ。ニレカニ氏は成功した大変有能な経営者だが、一私人の立場で、『Imagining India』を執筆した。それを読んだマンモハン・シン首相は、12億人に付番するための番号の設計を彼に指示した。その番号をどのように使い得るのか、そのことによって行政はどれだけ無駄が省けるのか、社会保障支出等の不正使用をどこまでチェックできるのか等を含めた付番の設計であった。ニレカニ氏はそれまでの仕事を全て辞め、ニューデリーに移り、実質上の付番大臣となったが、彼が連れていったスタッフはごく少数であった。設計思想の段階で、きちんとした優先順位をつけ、必要なことさえ決めてあれば、IT先進国であり、アウトソーシングによって世界中の仕事を請け負っているインドの実行部隊があっと言う間にこのシステムを作るということだったのだろう。こうしてインドの付番に関わる総設計の担い手は一つひとつ議論を進めていった。

 我々CIPPSでもこの国民共通番号の必要性を説き勉強会を重ねてきた。この1年程は自治体の首長たちと議論をし、共通番号を使って各自治体においてどのような革新ができるのか、そしてまた一人ひとりの生活者からすれば、彼らに自治体が本当に向き合うことができる仕組みはどのように作れるのかというテーマを掲げてきた。既に民主党政権になって3度目の予算編成になるが、いずれの予算編成でも政策経費の半ば以上が社会福祉関連支出となっている。社会福祉関連支出については、政府が予算を決めるものの、その実行はほぼ自治体に降りる。例えば医療に関して言えば、国民健康保険は自治体が保険者である。介護保険も保険者は自治体であり、後期高齢者と呼ばれる高齢者医療の保険者も広域連合(後期高齢者医療広域連合)に降りている。年金だけはナショナルなレベルの仕組みになっているが、それ以外は自治体が動かなければどうにもならない仕組みになっているのだ。
 現在、生活保護を受ける人たちは200万人を越え、1ヶ月で1万人増える月もあるというほどの状況になっている。これも現在ではそれぞれの自治体において民生委員が生活保護を求める人たちとの面談を行い、条件を整えるのが基本パターンであり、自治体の業務と言っていい。我々が福祉が中心となった支出構造を持った時点から、単に効率を上げるという問題だけではなく、個々の自治体に一人ひとりに向き合うことのできる能力をつけなければどうにもならないという事態になっているのだ。
 現在、年金も医療も介護も子育てもそれぞれ別の所管に属しており、それぞれの自治体の単位も横に繋がってはいない。しかし生活は一つの家計に全て関係している。例えば生活保護の問題を考えたとき、職について必ずしも十分機会に恵まれない人が多いだろう。病気持ちの人が多いということもある。当然、雇用の斡旋を受けた人もいるだろう。職業再訓練という機会があればそれも手にしたいと考えているかもしれない。また、就学児童あるいは未就学児童がいる世帯では、保育や学校教育に関わるサービスを一元的に受けたいと思うのは当然のことである。あるいは、猖獗(しょうけつ)を極める新型の感染症が日本を襲った場合、極めて的確で早期の予防体制を作らなければならないが、一人ひとりの子供が現在までにどのような予防接種を受けているのかがすぐにわかるような仕組みがあれば、医師の的確な判断が可能になるかもしれない。現在世界では、今後、鳥インフルエンザ等の新型感染症が襲ってくるかもしれないと言われている。こうした分野で研究している人の中には、既に新型感染症の恐怖と隣り合わせの状況だという人もいる。こうした面からも一人ひとりに向き合う仕組みは必要である。そしてそれは国というより、自治体が行なわざるを得ないことである。その自治体の能力を高め、自治体の職員の意識を高め、彼らの技量を上げるためには、この共通番号が必要になる。共通番号とカードを持っていれば、今述べたことは全て自治体が把握できることになるのだ。
 更に日常的な事例では、生活保護世帯をこれ以上増やさないことは、ただ単に支出を抑制することだけではない。生活保護世帯に陥った場合、セイフティーネットの網に救われるという面では救済と言えるが、他方、自ら独立して社会と向き合う自立性という面は相当損われる可能性がある。そういう意味では一人ひとりの自己統治を考える場合、生活保護世帯になる前の段階で、何らかのかたちで自治体がこれを発見し、様々な処方箋を書くことが重要になる。医療、即ち病いの面から、あるいは失業という面からもこれは発見できる。また、就職斡旋、技量の再取得という場合、あるいは就学児童については学校教員が問題を発見するケースもあるだろう。生活保護に至る前の段階においては、色々な形である種の警告サインが出されている。そのサインを早く発見し、総合的な手立てがとられることが自立した社会には不可欠である。
 米国では、broken window理論というものが論じられている。窓ガラスが割れていたり、ヒビが入っていても長期間修理されないようなところには何か問題が起きている可能性があるというものである。そこに住んでいる人が自らの自負心を無くしている場合、あるいは病に陥っている場合もあるだろう。所得状況が大変苛酷な状況になっていることもある。いずれにせよbroken windowを発見したらまず相談に乗るということが社会の秩序を守るという仮説である。例えば治安のように、やがては警察のテーマになるものを、警察のテーマになる前の段階で発見し、処方箋を練ることが極めて重要だということである。
 実は生活保護の問題も何らかの形で窓にヒビが入っていることが多い。通常ならば手当てが行われるべきところに手当てが行われない場合、自治体がそれを発見し、きちんとした対応をするためには、やはり共通番号が必要だ。こうした思いでもって、我々は政令指定都市を中心とした首長と勉強会を重ねてきた。しかし、残念ながら我々の方法は、ニレカニ氏のように、最初に『Imagining Japan』(日本を構想する)という本を書いてから研究会を持つという運びではなく、一つひとつ勉強しながら進んできたというものであり、Imagining Japanはまだこれからという段階である。従ってニレカニ氏を付番大臣にしたようなチャンスも持てなかった。
 民主党政権は政権交代前の自民党よりは、この国民共通番号に対して熱心な面があった。しかし自治体の人と議論しようとか、あるいは自己統治のための手段として付番を行い、それをシティマネージメントの主体が使い易いようにカードという形でマネージしようという思いはどうやらなかったようだ。民主党の文章の中には、『地域主権』という言葉はあるが、実際にシティマネージメントの担い手にインフラを提供し、彼らが行う自己統治の業を高め、政府からも資金や人的資本を割り当てるという発想はなかったのだろう。

 我々CIPPSの研究会は今難しいところにきていると言える。付番を進める政府との間にそれなりの意思疎通はあるが、最後のところにきて、政府には付番に関わる思いのようなものが感じられないでいる。今回の政府の付番に関する内容からは、結局政府は納税者番号を導入したいのかと読み取る人も出てくるだろう。これは研究会を進めてきた我々にとって、極めて不本意なことである。
 これからどういうかたちで研究会を進めるのかについては私も迷っているが、ビジネスを中心とした何人かの人に意見を聞いたところ、例えば政令指定都市で大きな人口を持ち3.11の津波で大きな影響を受けた仙台市の市長は、津波でカルテを失くした市民の状況を考えた際、カードにカルテの情報が入っていれば、医療サービスの提供を極めて的確に行うことができ、結果としてもっと多くの人に、もっと早く健康になってもらえることができたという思いを持っているようであり、政府も東日本大震災後「特区制度」を用意している。我々は、政令指定都市と一緒に議論するのであれば仙台市と組んではどうかという助言も得ている。もちろん、これまで一緒に勉強してきた政令指定都市の首長や自治体職員の人たちの意見を聞かなくてはならない。しかし、我々の研究会は3.11の事態を正面から受け止めるところから始まっている面もあり、東日本の過酷な状況に対して、どのように手を差し延べることができるのかということも当初の段階からテーマとしてあった。今後は、そういった個別の働きかけを行うとともに、自己統治の質を高めるために『自治体間連帯』とでも言うべきものが可能なのかも含め、今後の研究方針を立てていきたい。

 民主党政府とは不即不離の距離感を持ってきたが、ここにきてやはり研究所は研究所として、あるいは自治体を支援するような立場でもう一度研究の骨格を組み直したほうがいいかもしれないと考えている。

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