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理事長のひとこと

第236回 郵政民営化委員会の意見書提出と日本政治

  今回は郵政民営化委員会の意見書について話したい。

 私は2006年4月に郵政民営化委員会が立ち上がったときから、合計6年間2期に亘り、委員長を務めてきた。郵政民営化法では、1期3年の任期が終る際、意見書を提出することになっているため、2012年3月7日に今期の意見書を提出した。
 この意見書を作成しながらつくづく思ったことは、この3年は日本政治の根底からの崩壊過程が始まった時期に重なっていたということだ。2005年の「郵政選挙」によって、郵政民営化の大筋が国会でも承認された。しかし、日本政治の基盤が根底から揺れることにより、疑念なき民営化の実現等、いくつかの前提が覆ってきている。そのことを大変残念に思うとともに、日本政治の混迷が、単に民営化に関する介入等ではなく、日本のシステム全般に及んでいることを考えないわけにはいかない。

 現在、まず「郵政改革法案」と呼ばれる国民新党が中心となって作った案がある。しかし、国民新党を表面に立てた形の法案作成では、衆参両院の多数はとれないだろうということから、もう1つ公明党が議員立法という形で、もともとの郵政民営化法の修正案を用意している。伝えられているところによれば、この公明党が中心となった議員立法の案は、現在継続審議となっている郵政改革法案と同工異曲であると言える。骨格は変わらない。もっと言えば郵政改革法を作った人たちが議員立法の骨子を書き、またそれに伴って、組み替えた法案の準備をしている。即ち、表に立っているのが国民新党から公明党に変わっただけで、骨子も、法案を作成している人たちも全く変わらないのだ。
 この2つの案の最大の問題点は次のようなものである。郵政事業の中で金融2社と、実業とでも言うべき郵便事業会社及び郵便局会社の2社との間は明確に区別されなければならない。なぜならば、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険会社は規模が非常に大きく、金融システムの大きな担い手である。もし個別の巨大な金融機関に金融不安が生じ、資産の部が傷む、あるいは安定的な収益が上げられないということが明らかになったとすると、これはシステミックリスクの源泉になる可能性がある。ゆうちょ銀行とかんぽ生命はいずれもその巨大さゆえに、日本全般の金融システムとは無縁だという位置づけは到底得られないのだ。
 例えば郵便事業会社のゆうパック事業が赤字となり、この分野から撤収せざるを得ないことになった場合、郵便事業会社にはリストラの問題が起こるだろう。これは他の民業と同じく、利益の出ない体質のまま長期間市場にいるわけにはいかないという原則が適用され、そのプロセスでリストラが起きるということである。他の分野でも起きているように賃金水準あるいは雇用人員に至るまでの大規模なリストラが起きるかもしれない。これは当事者にとっては大変辛いことだが、言うならば局部的な問題であり、日本全体にその悪影響が及ぶことはない。しかしゆうちょ銀行とかんぽ生命の金融2社はそうした存在ではない。即ち、この金融2社の経営に問題があるという場合、ただ単に金融2社に従事している人たち、あるいはその株主だけには止どまらず、日本全体の金融に及ぶことになる。金融システム不安に繋がれば、全般的な経済イシューとなる現象が起き、日本全体に波及するというような性格のものになるだろう。
 国民新党が作った案も、現在公明党が中心となり議員立法として提出している案も、その最大の眼目は、金融2社が上げている利益を郵便局会社そして郵便事業会社が、表からではなく、横からあるいは裏から利益の補給をしてもらう構図になっていることである。これを実現するためには、金融2社に対する日本郵政株式会社の株式保有比率を、例えば役員の選任に十分その意向を反映できるだけの株数、あるいは現在金融2社は委託手数料を郵便局会社に支払っているが、その契約変更を拒否できるだけの株数、といったところにすることが想定されているのではないだろうか。つまり日本郵政株式会社にぶら下がっている4つの子会社の中で内部相互補助を起こすことができる仕組みとして設計されようとしていると言える。
 国が関与しているからこそ、内部相互補助が初めて可能となる。民間企業が持株会社に子会社をぶら下げている場合、1つの子会社が破綻したとしても、他に影響が及ばないよう設計されている。このためチャレンジも繰り返すことができ、1子会社からすれば、もし確信があれば、前広の投資に入ることも可能であり、もし破綻した場合は、その子会社をつぶすだけで済む。ところがそうした持株会社制度の利点とは全く無縁の内部相互補助が巨大な金融2社を巻き込んで行われることになれば、日本の金融システムの根幹に大きな不安定を残すことになる。
 国会でこれらの案が通ったわけではなく、今後も通らないとは思っているが、日本で金融システムリスクをどのように封じ込めることができるのかという非常に緊急度の高い問題について、国会において十分な議論が行われないことについては大変残念に思う。このことは日本政治の崩壊過程と重なっていると言えるだろう。まさにこの3年間がその時期であったのだ。

 現在、民主党と言えども、あるいは自民党、公明党と言えども、議席を持っている人たちが次の選挙でどれくらい勝ち上がれるのかについて、日本政治の崩壊過程が続く以上当然だが、個々の政治家がほとんど確信を持っていないという恐ろしい現実に突き当たる。このため、小選挙区では、例え1,000票でもまとまった票があれば、選挙のことを考え、呑み込みたいと思うだろう。その要求を呑み込んで、自らの陣営に1,000票でもかさ上げできればという心理になっているのだ。これはもちろん極端な言い方であり、さすがに1,000票では動かない5,000票は欲しいという議論もあるかもしれない。しかしいずれにせよ、その程度のことでも揺らぐような状況だと思う。
 民主党の議員の中では、本当に勝てないかどうかはともかく、次の選挙で勝ち上がることができないと思っている人は3桁に上るだろう。自民党は元々議席数が減っているため、3桁はいかないが、過半の人が依然として不安定な気持ちでいる。公明党も今日では第三極を形成することはもはや難しいのではないかという心理状態になっているようだ。こうした背景から、これまで郵政民営化に関して特段の主張があると分類されていなかった公明党が、議員立法という形で国民新党が作った案の組み替え案を持ち回っているのが現状である。現議席を持っている人が自らの立場に自信がなく、有権者にもう一度選び直してもらう確信を持っていないことがここまで広がっていることには、私はある種の驚きを感じている。しかし事がここまできたのであれば、早く総選挙を行い、新しいメンバーと取り替えた方がいいという思いでいる。

 それでは誰がその議席を埋めるのか。もちろんこれは有権者が決めることであり、今後新しい党が作られる可能性も多々言われている。そういう意味では、大変な激動期に入ったとことは間違いない。
 しかし、現在のような動揺した議員心理で、長い目で見て日本が選択しなければいけないことを決めてもらうわけにはいかない。そういう意味では今年はどうしても選挙をやって欲しいと思っている。もう一度議員の選び直しを有権者は真剣に考えざるを得ないところにきている。

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