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理事長のひとこと

第237回 プーチン大統領のロシア

  先週ロシアを訪問し、現地のシンクタンクの人々、そして経済発展省の人々と議論してきた。その内容を踏まえ、これから少なくとも6年間続くプーチン新大統領下のロシアでどのような経済政策が行われるのかについて、私なりの見解を述べたい。

 プーチン氏は1月末に発表した大統領就任後の経済政策の大枠を示す論文の中で、資源ベース経済からの脱却や近代的技術を基盤とする経済への移行等を目標として掲げ、イノベーションの推進、輸送ネットワーク建設、投資環境の改善等の課題に取り組む方針を明らかにしている。従来よりメドベージェフ大統領の下でも、医療技術、核エネルギー技術、IT、宇宙を含む通信システム、そしてエネルギーの効率、改善を図る省エネの分野、の5つを優先分野として近代化に取り組むことが重点とされてきたが、果たして本当に大きな力点が置かれてきたのかという問題があった。
 ロシアの輸出のおよそ3分の2が原油と天然ガスという状態は旧ソ連邦時代から続いている。このため、ロシアには「資源国の罠」とでも呼ぶべき側面がある。掘削作業が簡単な所ばかりではないものの、石油にしろガスにしろ、一旦地上に上げてしまえば国際市場で一挙に高い値が付く時代が続いているため、多くの経済人もこの分野に関心を持っている。鉛やその他の鉱産物についても、同様に地上に上げてしまえば、国際社会でそのまま値が付く。
ロシアの石油化学分野を考えてみると、石油やガスといった原料が存在するので、この分野が大きな比重を持っているのではないか、あるいは比重が高まる方向への動きが起きているのではないかと予想される。しかし、そのテーマは掲げられてはいるものの、力が付いていないのが実際である。ロシアの石油化学の世界におけるシェアは1%程度であり、ほとんど無いに等しいのだ。石油化学といえば、産出される製品は、塩化ビニール樹脂やプラスチック等になり、当然そうした汎用品についても販路を開拓する必要がある。だが、国際的に競争が激しい分野のため、当然ながらどういう顧客にどのような条件で売るのかというマーケティングの問題も出てくるし、更に値崩れが定期的に起き、新規参入者が現れるたびに価格が下落するという性質もある。ロシアではそうしたことに耐える経営ができず、汎用品の分野には人が向わない傾向がある。これが「資源国の罠」であり、ロシアでは今日までこれが続いているのだ。
 プーチン大統領が優先分野として掲げている製薬、化学、合成非鉄材料、ICT、ナノテクノロジー等の研究開発の分野においても、克服しなくてはならない数々の困難な課題があり、さらにどうやってクライアントに売るのかという重要なテーマもある。継続的に販売するためにはビジネスコンティニュイティプランも作らなくてはならない。しかし、ロシアはこれまでそうした訓練を受けていない。あるいはそうしたテーマを理解してはいるが、その分野のリスクを考えると、地中から掘り出してしまえば国際的なマーケットに流れ出す石油や天然ガスの方がいいということになってしまう。現実にロシアではガスプロムとロスネフチという巨大国有企業が、地下に眠っている多くの資源を握っている。現在これらの国営企業の民営化というテーマもあるが、民営化の際に当然発生する利権の問題が、現在のように腐敗が厳しく問われているロシアの中でうまく解決されるのかという問題も残るだろう。
 しかし、そうは言っても、この石油や天然ガスの世界においても、プーチン大統領就任以降、新たな動きが出る可能性がある。なぜならば、西シベリアを中心としたこれまでの石油や天然ガスの産出量が、数年後から本格的に減少する可能性があり、ロシアは新しい油田、ガス田の開発に本気になって取り組まざるを得ないからだ。そしてそれは西シベリアに限定されない。シベリアから極東に至る広大な領域、さらにサハリンを含む東シベリア、極東もテーマとなるだろう。更に最近では、非常に厳しい自然条件にある北極海から石油やガスを掘り出そうという試みも行われている。プーチン大統領の新しい方針において、この北極海の石油、ガス開発について民間企業に与える権限を含めどのようなシステムを構築するのかが議論される可能性がある。
 一方で、天然資源に依存した経済から脱却したいという非常に切なる願いがあるとともに、石油とガスについても新しい方式、新しい開発メカニズムを導入せざるを得ないというのが、プーチン大統領の下における議論の仕方だろう。

 日本に要請されるテーマには当然エネルギーの問題も含まれるだろう。しかし、エネルギーとなると従来から関係が強く、発掘に関わるノウハウや技術を持つ欧米との関係が最優先されるため、日本に対する働きかけとしては、製造業の分野が中心となることが予想される。しかし、先述のように耐久消費財の生産であれ新産業の研究開発であれ、何を取っても簡単にいくのかという問題が依然として残っている。

 地球温暖化によって北極海の氷が溶ける可能性も議論されている。今すぐに溶け始める訳ではないが、50年の単位で考えれば、北極海の氷が相当程度、特に夏の期間に溶ける可能性があると言われている。このこと自体、地球環境に大きな影響を与える。今回ロシアで議論した際、ある学者がロシアでもこのことは必ずしも良いことばかりではないという議論が起きていると述べていた。例えば凍結された氷の下にある土穣や海水が溶け出す状況になれば、腐敗等の現象や寄生虫等が蔓延る可能性も指摘されている。これまで凍土の下に何があるのか、あるいは凍土の下にあるものが出てきたときに、どういう状態になるのかということは必ずしも十分には研究されてこなかったが、北欧やドイツでは、バルト海には旧ソ連邦時代の出鱈目な開発によって汚染された水が流れているとの懸念も持たれていた。共産主義が倒れて以降、徐々に改善されているようではあるが、バルト海の汚染は進んでいるというのが一般的に言われていることである。そうした中で温暖化が進めば、ただならぬことが起こる可能性があるということをロシアの環境学者ももはや無視できず、警告を出さざるを得ない段階にまで来ているようだ。

 しかし他方で、北極海での掘削が何れかの時点で本格的に開始される可能性があるという二律背反の問題があるとの指摘もあった。いずれにせよ地球環境の点からも、プーチン大統領の下でどのような天然資源開発計画が出てくるのかが注目される。

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