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理事長のひとこと

第252回 安倍政権と日本の国際関与

  12月26日に安倍晋三内閣が発足した。今回は、安倍氏が総選挙前に主張していたこと、そして、今後安倍内閣の下で行われる日本の政策について外交面を中心に考えてみたい。

 総選挙前と期間中、安倍氏やその周辺の人々の主張は、あたかも「日本が右傾化する」とか、「日本にナショナリズムが再び甦ろうとしている」というコメントに纏め上げられることが多かった。これは「日本は国際社会の中において敬意を払われるべき存在にならなければならず、そのためには「隣国に対して、日本の過去についても言うべきことは言わねばならない」、その上で「領土の保全については極めて原則的な立場を堅持するべきだ」という彼らの主張からなるものだと言えるだろう。

 しかし、21世紀に入ってからの日本社会の国際的な位置付けを考えてみると、北米・欧州・アジア諸国から見て、相当な変化が起きている。第一には、日本の潜在的な成長率が極めて低くなっており、近隣のみならず世界の国々にとって、日本で儲けを出すことは非常に難しくなっている、という現実がある。新規の投資を通じて日本で利益を増やすことが簡単ではない。既に日本に進出している海外企業は、追加投資を抑制することになるだろう。他方、今まで日本において十分な企業展開をしていなかった海外の企業は、日本のマーケット調査に関心を持つ必要自体無くなる。
 日本で発生する新しい事象に関心を持つ必要が無ければ、海外のメディアにおいても、「日本を包括的に報道する必要はない」という見極めが行われる。実際この10年で日本をカバーする海外のメディアの網の目はどんどん薄くなっており、これに対して中国はその影響力が世界を覆うことから、好むと好まざるとに関わらず、極めて重要になってきている。北京・上海では自由度が乏しく十分なカバーができないため、香港に拠点を置くメディアの例もある。
 また、海外の金融機関でも、日本で新事業を起こすケースは期待されず、他方で中国において高い成長率と毎年多額の資本調達が行われるという状況になれば、香港をベースとして中国の資本・資金市場を観測しようという対応が一般的になっていくだろう。

 このように、安倍政権が成立するこの時期、日本を取巻く国際情勢、特に経済的な環境は一変していることに気付かざるを得ない。2006年に安倍第一次内閣が発足してから6年余の時を経たが、この間中国のGDP規模は2倍以上になっている。これは決定的な変化だと言える。当然、我々も国際社会において日本が敬意を込めて見られることを願っているが、これを実現するためには、相当練られた発想、そして展開が必要である。中国と日本とが「同じ土俵で力瘤を見せ合い、どちらの力瘤が大きいのか比較し合う」手法も一つではある。しかし、こうした手法は、意味や利がなく、将来を展望する縁(よすが)とはならないだろう。我々は、これは避けるべきではないだろうか。

 中国は19世紀後半から20世紀の初めにかけ、屈辱の歴史を幾つも経験した。このため、中国のナショナリズムは本物だと認定せざるを得ない。習近平総書記も『中華』という大きな文明圏が再び世界の脚光を浴びるという脈絡の中で、中国の明日を語ろうとしており、これが中国のナショナリズムだと言える。しかし、これと全く同じ土俵において、あるいは同じ目線において日本の国のあり様を語ることはできない。即ち、「日本には日本の良い面があり、日本にしか成し得ない国際関与の仕組み」もある。中国は既に近隣諸国の警戒感のみならず、遠方の地域においても関与に対する嫌悪感が広がっており、残念ながら中国の人々はそのことに気づかざるを得ない状況となっている。こうしたことからも日本は、「国際社会が日本の関与の仕方に敬意を払う」手法を身に付けるべきである。これは決して中国や近隣の勃興するアジア諸国に対して「肩透かしを食わせる」ことではない。日本にしかできない、あるいは日本ならばより適切にできる仕事を見つけ、これを国際関与の枠組みとすべきである。

 今後、CIPPSにおいてどのような形で我が国の立場から国際関与の原則を確立できるのかというテーマを採上げたいと思っている。ここでは、日本の自負心が『右傾化』とか『ナショナリズムの勃興』という形で語られるのとは異なり、且つ、「日本に注意深い敬意が払われるようなもの」を提示したい。言うならばこれは『差異化した接近方法』を提示することだと考えている。「差異化を通じて、近隣アジア諸国の勃興の精神的な発露とは異なるものを生み出す」ためにも、年明け以降、提言活動を通じて、具体的に一つひとつ試案を作っていきたい。

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