トップページ > 理事長コーナー > 理事長のひとこと

理事長のひとこと

第255回 朝鮮半島統一への現実と苦悩

  1月下旬にソウルで開催された国際シンポジウムに出席した。今回は、そのシンポジウムを通じて知り得た新しい韓国社会の裂け目について述べたい。

 国際シンポジウムのテーマは、「朝鮮半島の統一をどのように実現するか」というものであった。朝鮮半島の統一については韓国における議論のされ方と、日本や米国等での議論のされ方とで違いがある。日本や米国で朝鮮半島の統一を議論する際、ほとんどのケースにおいて北朝鮮の崩壊が前提となっている。金正恩体制で何が起きるかわからないが、経済不振が高じて大混乱が起きるというケース、軍部の一部がクーデターを起こして金王朝とでも呼ぶべき金正恩体制を葬るというケース、あるいは難民が何らかの原因で発生し国際的な管理体制が敷かれるというケース、等が想定されている。即ち、北朝鮮の実質上の崩壊を前提に朝鮮半島の統一が成し遂げられるというのが、日本や米国での議論である。
 しかし、韓国ではそうした前提で国民的な議論を提示することはほとんど不可能である。なぜならば、韓国の人々にとって北朝鮮の人々は同胞であり、北朝鮮が崩壊すれば、北朝鮮の人々に大きな不幸がのしかかってくることは間違いないからである。その後の体制がいかに堅固なものになるとしても、一旦は大きな不幸が北朝鮮に住む同胞に襲いかかる。韓国の人々はこうした受け止め方をしている。朝鮮半島の再統一というテーマを扱う際、こうした韓国民衆の持っている北朝鮮の同胞に対するシンパシーのような感情を前提にすると、政治家であれ、学者であれ、過激な問題提示はできない。従って常に「合意づくの再統一」というテーマが掲げられている。
 例えば「北朝鮮が合理的な判定から国を解放し、外側に開かれた社会になる。そうした中、南北政府間である種の合意が形成され、それに基づいて統一の現実を作り上げていく。一旦は、政治的単位としては北と南のそれぞれに置きつつも全体として連邦政府を形成し、この過程を経てやがて一つの国家になる。」というように、北朝鮮の同胞に過重な心理的そして経済的負担がかからないことを前提として統一を議論したいという問題提示の仕方である。従って、具体的な提示の仕方としてはせいぜい「再統一過程はいかにして始まるのかVS分断の固定化が長期間続くのか」というようなものになる。

 今回シンポジウムに出席して感じたことの一つは、韓国民衆が持つ「北朝鮮と統一したときに、自分たちはやっと20世紀の悲しい歴史から開放される」という感情を背景とした学者の議論が存在するということである。
 20世紀の歴史を振り返ってみると、朝鮮半島は極めて不本意なことに日本の植民地となった。第一の不幸はここから始まったというのが南北朝鮮民衆にとって当然の認識と言えるだろう。我々はこのことを深いところで受け止めざるを得ない。そして第二の悲劇は日本の敗戦後、朝鮮半島が南北分断という形で固定化したことである。 その間には朝鮮戦争という過酷な戦争もあった。朝鮮半島の人々にとってみれば、そもそも朝鮮半島を植民地化した日本が憎い。そして敗戦した過程において日本が最も大きな犠牲を被るべきであり、もし国家が分断されるのであれば、日本列島が分断されるべきであったにもかかわらず、朝鮮半島が分断されたことは、歴史的な悲劇に巻き込まれたということになる。言うなれば、日本の敗戦過程の無秩序に巻き込まれて南北分断が生じたということである。
 ヨーロッパでは敗戦のごく初期の段階からドイツを分断することが決まっていた。たまたまソ連の赤軍が侵入したところが、東西ドイツの分断線と重なることもあったが、第二次世界大戦後の秩序の中では20世紀において実質二度の大戦を引き起こしたドイツを分断してその力を押し込めようという国際的な合意があったのだ。確かにこの適応が極東において行われるとするならば、日本が分断されるはずであった。然るに第二次世界大戦後の無秩序の中、そしてスターリンのソ連が極東地域にも力を伸ばす中、朝鮮半島が分断されてしまった。
 このように韓国において南北朝鮮の再統一を考える際、舞台の背景には常に日本がある。一部には「日本という20世紀における憎き存在が、我々の民族を結果として分断することに繋がった。」という感情的な言い方もある。従って日本政府に限らず、我々のような非政府の研究者も含め、朝鮮半島の再統一の問題については極めて慎重な物の言い方が必要である。我々は「こうした歴史的な経緯を前提として日本は南北朝鮮の統一に対してどのような立場に立ち得るのか」という議論をせざるを得ない。

 現在、韓国の中である種の高揚感が広がっていることは間違いない。20世紀の歴史において弱い立場であった韓国が、経済復興とともに世界の中で大きな役割を示すようになっている。とりわけFTAを始めとした開放戦略という点では、韓国は米国との間にFTAを結んだだけではなく、EUやその他の地域においてもこのFTAという自由貿易のシステムを作り上げており、現在韓国の輸出仕向け先のおよそ3分の2はこのFTAの枠組みで覆われている。これは韓国の戦略的勝利ということになるだろう。対比される日本は依然としてFTAに大きくは踏み切れないでいる。例えば日本と豪州の交渉でも踏み切れていない。また、日本と米国とで議論になったことはあるが、政府内で真剣に議論が行われたことはないと言えるだろう。更に、日本とEUにおいてはこれから議論されようとしているが、これも簡単ではないかもしれない。そういう意味において、戦略的には日本よりも韓国の方が上位を占めると言える。戦略、戦術の組み合わせにおいて韓国は日本を凌駕したのだ。
 また、一部の韓国企業が市場において成果を収め、その企業の時価総額において目立った業績を表わしていることもある。韓国の巨大企業の一部は、日本の一部の企業にとっては羨ましい存在にもなっている。こうしたことを背景として韓国の人々に「自分たちのやり方は相当うまくいっている」と感じている面がある。この流れの中で南北が統一すれば、統一朝鮮は大国になるではないかという議論も出てきている。韓国の国際政治あるいは国際経済の研究者の一部にそうした考え方があるようだ。しかも北朝鮮が保有するに至った核は、南北朝鮮統一後も残るケースを想定する人も多い。南北が合意の上で連邦政府を作り、やがて統一という形になった際、北朝鮮の核については、廃棄するという選択肢ももちろんあるが残すという選択肢もあるという議論があるのだ。
 「南北が統一した場合、合計7500万人程度の人口になるが、経済的にも強靭なものになる可能性があり、軍事的に見てもどこかと同盟関係に入らなければならない弱い存在ではなく、この地域において独立した政治主体として、国際社会に対して主導的にふるまうことができるのではないか、即ち強靭な大国がこの半島の一角に登場することになる。」というモデルを比較的楽観的に述べる人もいる。しかしこのモデルは、東西ドイツの統一を見てきたことを考えれば、少し分析あるいは観察が不足しているのではないだろうか。

 北朝鮮の人々とどのように統合するかは実は大変な問題である。南北朝鮮間ではInter-Korean Relationsと呼ばれる政府間交渉が行われている。朝鮮半島における政治的実態としては異なる二つの国家間の交渉であり、このInter-Koreanの関係を制御するため、例えば核実験の問題、ミサイルの問題、それから文化交流、人権の問題等がこの二つの政府間において議論されている。この議論の交渉の当事者の話を聞く機会があった。彼らは一旦政府から身を引けば国家機密は別として、平壌との議論がどのような形で行われているかを語ってくれた。彼らによれば、平壌を代表して交渉に当る人たちには、国際社会理解や大きな歴史の流れについての理解、そして人権とか環境、兵器管理といったテーマを巡り、現在国際的にいわば常識となっていることへの理解が不足しているという。ほぼ理解不可能なくらい知識が不足しているというのが実態だそうだ。平壌を代表するという立場で会談に臨む人たちが世界の潮流を読むに足る、あるいはそれを考えるに足る材料を手元に持ち合わせていないという実態においては、暖簾に腕押しとでもいう状態で、まっとうな対話は成立していないのだろう。
 我々はこのことを別の形でも知ることができる。脱北者という人がいる。北の人権状況に耐え兼ね、あるいはもう少し政治的な理由により、北朝鮮を命からがら、大変なリスクを負って離脱する人たちである。彼らの多くは韓国社会で引き受けられるが、現在約2万5000人が韓国にいる。彼らに社会に馴染んでもらうべく、韓国政府としては一時金の拠出や住居の面倒、様々なガイダンスを与える人たちを用意している。しかし彼らの多くは韓国社会のリズムに入ることができない。その理由は言葉の問題ではないことは確かである。おそらく分断状況が長く、また国際社会から遮断された状況が長く続いたため、非常に競争が厳しい社会のリズムの中に入ることができず、社会的にドロップアウトしてしまうのであろう。
 南北統一が実現した後の文化、社会のあり様は当然韓国が主導するだろう。このとき北朝鮮のレジームの中に馴染みきっている人も、あるいは脱北者のように馴染めずリスクを負って外に出た人も、本当に韓国の仕組みに入れるのかという問題がある。韓国の一部の学者はこの点について十分な考察をせずに強靭な朝鮮半島国家の成立というモデルを示しているのではないか。

 南北朝鮮の統一を東西ドイツ統一のケースと比較してみると、統一後の総人口そのものはそれほど変わらない。しかし、異なるのは人口比である。現在の南北朝鮮の人口比は、韓国2に対して北朝鮮1である。東西ドイツのケースでは、西ドイツがほぼ4に対して東ドイツがほぼ1であった。この4対1の人口比をもってしても西ドイツの人々も東ドイツの人々も大変苦労した。西ドイツの人々には財政負担がのしかかり、東ドイツの人々には西側の世界に馴染めないという大問題があった。もちろん10代の人たちが馴染めなかったわけではない。若い人は適応できたと言えるだろう。しかし、古い共産主義のシステムに長く馴染んできた人にとって新しいシステムへの同化は本当に難しいものであった。当時「どうせ我々はオッシー(Ossi)だから」という言い方があった。西ドイツの人はヴェッシー(Wessi)と呼ばれ、東ドイツの人はオッシーと呼ばれていたのだが、例えば「もっときちんと働かないのか」と言われると「どうせ我々はオッシーだから」と旧東ドイツの人たちは言ったようだ。東西ドイツでももちろん言語の問題はなく、長期間続いた共産主義体制がもたらした社会の害毒とでも言うべきものが本当に大きなものであった。こうしたことを我々は歴史を通じて知っている。
 朝鮮半島の場合、人口比が2対1である。「どうせ我々は金王朝の臣民だったから」というような言い方がもし北朝鮮の部分に残るとすると、統一後、韓国の人々にとって話は簡単ではない。もちろん韓国の中にはまったく違う見方もある。たとえば開城(ケソン)という特別地域の工業地帯では、韓国の企業が投資し、アパレルの縫製や電子部品の組み立て等を行い、その製品を買い取るという仕組みがある時期までそれなりに動いていた。ここで働いていた人たちは極めて勤勉だったと言う。韓国では「ケソンの例にみられるように、彼らは非常に勤勉だから統一して何も問題はない」という見方があるのだ。

 しかし我々はいくつかの懸念材料を既に持っている。先述のように平壌政権を代表して交渉に当る人が大きな国際認識を持てず、韓国の人々が打ち出す概念そのものを理解するのが難しいという問題がある。また脱北者たちが韓国社会に馴染めないでいるという問題がある。そのように考えてみると、ケソンに働いていた人たちが皆勤勉だったから大丈夫というわけにはいかないだろう。それだけを判定の材料とすることは難しい。
 こうしたことから、韓国の中での議論が必ずしも焦点が当たっていない、逆に言えば、南北統一が明日にでも起きるというスケジュールで考えることは非常に難しく、そこまで差し迫った問題だというふうには受け止められていないという面もあるように思う。韓国の中で、学者も含め、南北統一の問題は依然としてこなしきれていないのではないか。
 隣国の苦悩はこれからまだ始まるだろう。たとえ平和裡に統一プログラムが展開したとしても、統一国家の内部に抱える非常に大きな矛盾に彼らは直面せざるを得ない。そしてそのことは20世紀の歴史からいけば、日本に何の関係もないことだとは言えない。歴史的責任という問題をどの時間の単位で考えるのかというテーマもあり、歴史的な責任を自覚したからといって、では何ができるのかというテーマもある。これらは一つひとつ論ずべきことであり、一つひとつ基準を作ることだが、南北朝鮮統一の際、我々がどのような備えでこの問題を仕分けし、我々がどのようにできることを絞り込んで、長期的な隣国関係の好転を目指すのかという議論を根底から行うべきだと思っている。

↑ページの先頭へ