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理事長のひとこと

第256回 オバマ大統領二期目の一般教書

  今回は米国オバマ大統領の二期目にあたっての一般教書の内容についてコメントしたい。
 
 オバマ大統領の一期目と二期目のそれぞれの始まりでは、雰囲気が大きく異なっている。最も大きな違いとして、第一期目は「オバマ大統領のコミュニケーション能力を通じて、アメリカ社会の統合が実現するのではないか」という期待が若い年代層を中心にして非常に強かったことが挙げられる。しかし、第一期目においてオバマ大統領のそうした能力については期待値が余りにも高過ぎていたことが明らかになった。歴代大統領の中でオバマ大統領のコミュニケーション能力がとりたてて低いとは思わないが、選挙期間中から若い層を中心にあったオバマ候補に対する熱狂的とも言える支持ほど、オバマ大統領の力量は高くはなかったというのが一期目の総括であった。その意味においては第二期目就任にあたってのステートメントは美辞麗句というわけにはいかず、いかなる実質があるのかが問われることになる。

 二番目の違いは政策体系と言えるだろう。第一期目にオバマ大統領は、グリーンジョブというテーマに取り組んだ。これは米国社会も本気になって環境問題に取り組む決意を示していたと言えるだろう。米国の産業において環境保全型の経済活動を活性化し、これを通じて雇用を増やすという理念そのものは決して誤ってはいない。しかし、実際にはこれは成果を見せることはなかった。たとえば太陽光パネルについて言えば、中国において作られたパネルが米国だけではなくEUにも浸透していき、米国産の太陽光パネルは市場で競争することができなかった。ダンピングの疑い等、中国製品に対する批判はあったものの、米国の中で雇用情勢を改善し、且つ地球環境にプラスになるような経済活動は見られなかったのだ。ここでも、ある種の幻想が消えた時点からオバマ政権が再スタートすると言える。

 今回の教書における最大のポイントは、米国とEUとの貿易そして投資に関する交渉開始だと言えるだろう。これは両当事者の間で決まることであり、オバマ大統領、ホワイトハウスが勝手に決められることではないが、二年間を目途に、最も大きい経済単位である米国とEUが大西洋を越えて、貿易と投資に関して本格的な枠組みを作るという問題提起である。EU側もユーロ危機からの回復を図る中、米国の市場に乗り込みたいという気持ちは非常に強い。他方、米国側も製品やサービスの市場を更に開拓したいという気持ちは変わらずある。
 一期目のオバマ大統領の下では、輸出増を通じて、米国の雇用を拡大するというプランが登場した。リーマン・ショックによって一挙に悪化した米国の雇用水準をどのようにリーマン・ショックの前まで戻すのかが課題であった。しかし、これについては一期目の間でもちろん実現していない。二期目を通じてもリーマン・ショック前の雇用情勢、たとえば失業率をそこまで改善させられるかについてはむしろ悲観的な意見の方が多い。
 TPPであれ、今回問題提起されている米国とEUとの自由な貿易投資枠組みであれ、米国の雇用情勢を改善させるためには、そうした自由な枠組みを作って、その下において米国企業の活動を促さなければならないという前提がある。第一期目の途中においてオバマ大統領が掲げたテーマは5年で輸出量を2倍にするというものであった。大掴みに年率に換算すると、15%伸びれば5年で2倍ということになる。そうした中でTPPの位置付けが明瞭になったが、今回のEUとの間でFTAを結ぶと言う課題もこうした一連の動きだろう。
 日本もTPPにできるだけ早い時期に加盟する、もしくは少なくとも加盟を前提とした交渉に入る宣言をするならば、米国からすれば、いわゆる『自由圏』とでも言うべき環太平洋から大西洋に至る一帯の自由貿易圏を作ることになる。オバマ大統領は二期目の冒頭にあたり、こうした新しい国際的な経済秩序作りに正面から取り組むことを決意したと言えるだろう。これは彼が一期目の大統領就任にあたって想定していた姿とはまったく異なるものである。しかし米国の伝統からいけば、決して道を外れてはいない流れに入ってきている。たとえばWTOのドーハ・ラウンドにおいてもこうしたテーマは掲げられていた。ジョージ・W・ブッシュ政権においてこのテーマは実現しなかったが、米国の農業保護主義を何とか自らの手で変えたいという気持ちがあったと言える。
 そのドーハ・ラウンドについての言及がまったくないまま、新しい国際経済秩序作りが始まろうとしている。このことは、21世紀も10年以上過ぎ、当初とは大きな変化が起きていることの表れだと受け止めざるを得ない。ドーハ・ラウンド開始の2001年秋当初は、第二次世界大戦後積み重ねてきた、多角的な国際秩序を前提とした仕組みに対しての信頼感とでも言うべきものがあった。「この国際秩序を頼りにせざるを得ない、頼りにしたい、それを通じて国際社会に秩序をもたらしたい」という気持ちがあったのだ。しかし、この10年間に大きな変化があった。今回の米国とEUとの間の自由な貿易投資枠組みは、言うならば超先進国、世界の中で最も先進国である米国とEUとの間での自由な経済枠組みである。ここにきてこれをもう一度唱えざるを得ないのだ。即ち、新しい貿易投資の枠組みの外にあり、簡単には入りそうもない、あるいは簡単には準備ができない国々を想定しつつ、そうではない国・地域で組み合わせを作り、何とか経済課題に挑戦しようというテーマが生まれてきている。先述のように、2001年のドーハ・ラウンド開始当時は、第二次世界大戦後の多角的な経済秩序に対する信頼感があったが、今日ではそれがまったくと言っていいほど見受けられない。しかし米国としては「黙っていることはできない。少しでも自由なそして相互に雇用を増やすような枠組みを作り上げよう。」と2年という期間を区切り、このEUとのFTA交渉に当るのだ。
 この交渉について個別に見れば、様々な問題がある。たとえば米国の農産品のうち、遺伝子組み換えの作物を入れることを現在EUは拒否している。米国のこうした農産品が簡単にEUマーケットに入っていくことはないだろう。しかし、少なくともこの点についても何らかの申し合わせが、大西洋を挟んだ二つの交渉主体によって議論されることになるだろう。また、車について言えば、安全基準等が異なるという問題がある。米国が安全でEUでは安全ではない、あるいはその逆もあり、安全基準が異なることは間違いない。昨今の欧米の主要な自動車メーカーでは「別基準で作るより、同じ基準でよいのではないか」という議論もコスト上登場している。こういった安全基準の問題について、米国とEUとの間でどのような議論になっていくのかは、観察する側からは大変興味深い。また、医療機械というテーマもある。米国も移民の国であり、世界中の国々からきた人々が作り上げた国である。その米国に特別な仕様があるわけではない。ヨーロッパ系の人もいれば、アジア系の人、あるいはその他マイノリティーの人たちもいる米国においては、医療機械や薬品の基準に国による差異があるのかという一般論もある。欧州も移民社会になり始めている中、薬品や医療機械の安全基準が果してどのように整合的なものになっていくのだろうか。そのためにどういう交渉が成されるのだろうか。少なくとも現在はそれぞれレギュレーションが異なり、相互に簡単には入っていけない。これがどういう形で標準化がなされるのかは非常に興味深い。日本との間においてもTPP交渉が具体的に姿を見せる過程では当然、こうしたテーマが浮上してくるだろう。そうした視点からもこの交渉は大変興味深い。

 いずれにせよ大きな理想を掲げて歩み出すわけではない第二期目のオバマ政権だと言える。もう一つ付け加えると『スリムな連邦政府』という言葉はオバマ政権の第二期目の教書にはなかった。これは、米国の中産階級を維持するためには必要な政府支出は行われなければならず、財政赤字を削減するプログラムも歳出を切り刻めば済むという姿勢をオバマ政権はとらないということだろう。このことも非常に特徴的なものだと言える。実際に米国下院を牛耳っている共和党との間で、どういう形で財政赤字を巡る議論が結実するのかは予測しがたい。しかし、オバマ政権は決して筋肉質の連邦政府を作るという言い方ではなく、社会が抱えた問題に的確に対応できる連邦政府を作る。そのための歳出は確保したいとしているのだ。
 しかし財政赤字が問題であることに変わりない。それではどこから原資をひねり出すのかという問題が残るが、常識的には増税ということになる。従って今後は、税金を米国社会の主にどこに負担させるのかというテーマが議論されていくことになるだろう。このことを窺わせるオバマ大統領の二期目就任にあたっての教書であった。

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