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理事長のひとこと

第261回 就職活動解禁時期と若者の社会参加

  今回は、大学生の就職活動の解禁時期の問題を取り上げ、その背景にある学生の就職状況と求人側の情勢について考えてみたい。

 大学生の就職活動の開始時期は徐々に早くなっていた。かつては4年生の夏以降であったが、昨今では3年生から就職活動が始まっている。このため「学生が然るべく4年間の勉強期間を十分活用しきれないのではないか」「結果として日本の大学卒業生の学力レベルに問題が起きるのではないか」といった懸念が浮上していた。そこで今回、安倍首相は経済団体の首脳と会談し、これまで大学3年の12月だった就職活動解禁の時期を、大学3年の翌年3月まで3か月遅らせるように要請し、経済団体がこれを受け入れた。

 最初に、このことが何故大きなテーマなのかについて考えてみたい。大学生を採用する経済界の側にも色々な意見があった。たとえば、総合商社が会員となっている日本貿易会では、欧米の6月卒業の学生と並行して、日本の大学生の採用活動をしたいという意向が非常に強かったようだ。その意味で、日本の大学生がその半年前である12月から採用活動に走り始めていることについて、日本貿易会は反対を唱えていた。これに対して他の業界、たとえば昨今学生に人気がある商社や金融機関では「じっくり待っていても、取り逃しはないだろう」という判定があったようだ。しかし、その他の事業会社では「6月から就職活動を始めていたのでは期間が短くなり、結果として取り逃しになるのではないか」という懸念があった。こうした違いが経済界の足並みの乱れに繋がっていた。
 さらに難しいテーマもあった。学生のオファーが大企業に集まることは当然考えられることだが、昨今ではネットを通じて200〜300社も応募する学生がいるという。大企業の窓口に集まる膨大な数の応募をどのように捌いているのかについては、当然よく考えなければならないテーマではあるが、何千人もの応募者を一挙に見ることは実質上不可能である。採用担当者がこれらの応募をどのようにスクリーニングをしているのかは企業機密でもあり、正確に知ることはできないが、大企業の窓口に余りにも多くのオファーがあるため、その中から自分の会社が本当に求めている人材を選り抜くことは非常に難しい作業になっているようだ。
他方、全体として就職状況は厳しいと言われる時代が続いている。希望する企業に三桁の応募をしても、採用という決定に至らない人が大勢出る。その段階におかれた学生は、今一つ人気が出ないと言われている中小企業に回る。しかし当然、求職活動の期間は短く、結果として中小企業においても職が見つからないことになる。昨今では、大学卒業から3年以内の人については『新卒扱い』することで門戸は広げられているようだが、個々の事情を聴いてみると、二年目の応募の際に「なぜ前の年に就職しなかったのか」と聞かれ、落ち込んでしまうケースもあるという。門戸を大卒の時期から3年間広げたとしても解決にはなっていないのが現実のようだ。
 『通年採用』という形で、4月の入社式にその期に採用した全員を入社させるのではない仕組みを提唱する人たちもいる。しかし、企業側に実情を聞いてみると「採用担当者は採用の時期が終わると、社内人事や研修等、仕事を順繰りにこなす形になっているので、採用活動はやはり特定の時期にやってもらわなければ他の仕事とのバランスが悪すぎる。採用のために通年、人を担当として張りつけておくゆとりはない。」という答えもあるようだ。
 このように就職状況に関しては、マッチングに関わる部分がうまくいっていないのではないかと考えられる。CIPPSでもこのテーマも含め、若者支援の問題について研究を続けている。

 世界の就職状況の中には、インターンシップという形である期間、特定の職場で働き、採用する側もまた働く側も“間合いを計り、相互選択する”というプロセスがある。この分野の専門家の意見によれば、世界の中でも日本ほど、このインターンシップというプロセスが排除されている社会はないという。大企業がインターンシップという形を通じて、学生を抱え込んでしまうことに反対する人々が、一斉解禁で学生を取り合わなければならないと主張し、このプロセスを導入したがらないというのが実情のようだ。

 今日では「若者の就業に関わる部分で大きな障害が起きている」という意見が多く、「長期的に見た日本の労働供給あるいは日本の供給体制全般の脆弱化に繋がるのではないか」という考え方も登場してきている。そういう意味において採用活動は、採用担当の特定の職員が考えることのみではなく、いわば日本のサプライサイド全般の堅牢性や健全性に関わってくる話だと言える。従って、今回の決定のように就職活動の解禁の時期を遅らせるだけで済む問題ではない。
 「社会に十分間合いを持ち、ある種の接触感覚を通じて、自らの適性と企業社会の現実との間で、自らの技能ないし生き方について見つめ直すような時間のかけ方」が若い人に必要なのではないだろうか。
 こうした意見は就職問題のマッチングに関わるところでは既に言われてきているが、それではどういう制度が良いのかについてはまだ定説はない。少なくともプラクティスの段階において着地していない。「ある種の階層構造があり、その階層構造をうまくくぐり抜けなければ思うような職には就けない」という感触を学生が持っていることはつらい話である。学生たちが自ら納得いく形で社会に参加していくためにはいったい何が必要なのか。求人側もまた求職側も再考せざるを得ないだろう。そしてまた、現存の制度の手直しも必要になるだろう。

 今回の就職活動の解禁時期という問題提起は、少なくともここに何か問題があるということについて広く社会に知らせるきっかけになったのではないだろうか。私は、インターンシップについて、求人側も求職側も本気になって考えていくべきではないかという意見である。

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