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理事長のひとこと

5月9日の「権威人士」とその後のポリティカル・スぺキュレーション

 中国の内部において今後の経済の在り方とそれに向けての処方箋について、大きな亀裂が生まれている可能性について述べてみたいと思います。

 私は『中国大停滞』という本を書きました。3月末に出版されました。次のような筋立てです。中国の経済は循環的に下降局面にあるというようなものではなくて、残念ながら停滞要因とでも言うべきものが次々と登場して、それを経済政策の担当者が十分認識できないでいる。そしてそのゆえに望ましい政策を対置することができなくなっている。このことが中国の大混迷、大停滞に繋がっている、という趣旨の本です。

 中国の研究所から私に様々な形で、これまでもパネルに出てくれという依頼はありました。『中国大停滞』を書いた後に、従来のような形で声がかかるというか、依頼が来る可能性があるのかどうか、私はどうなのかなと思っていました。というのは中国の中では、中国経済停滞論あるいは衰退論とでも言うべきものに対して、大変な警戒心の高まりがあります。例えば王毅外交部長は、岸田外務大臣との会談の後に、中国衰退論を日本においてあまり声高に言わないでくれという具体的な要望までしたくらいですから、『中国大停滞』という本を書いた私にお呼びがかかるかどうかは、正直どうなのか、数が減るのではないかと思っていました。上海の社会科学院が私にシンポジウムへの出席依頼をしてきたのは4月に入ってからですから、『中国大停滞』の内容についてどこまで知っていたかはわかりません。ただ私はせっかくの機会ですから、今回もまた出席の返事をしました。これが5月22、23日の二日に渡って行われた、上海の社会科学院を中心とするシンポジウムです。私は当然「中国経済の未来」というタイトルの下で、同じことを発言します。すなわち、今回の中国の停滞は短期的な、あるいは循環的な要因とは言えない。従って、中国の明日を考える場合には構造的な取り組みが必要であるだけではなく、中国が例えば南シナ海において軍事的な対応を積み重ねることによって、中国が近隣アジア諸国の首脳を北京に呼んで、共に議論するという能力、そうした可能性はどんどん乏しくなっている。これをConvening Power(招集する能力)という風に呼んでいいと思いますが、このConvening Powerが大幅に衰退している。このことは今日のサプライチェーンマネジメントを考えてみますと、果たしてこのサプライチェーンマネジメントの重要な一角として中国を位置づけることができるのか、あるいはそうした位置づけをした時に大きな破綻が生ずるのではないか、日本のビジネスの中にはそうした懸念を持つ人もいます。そのことも率直に書きました。以下はその要約です。

"Future of Chinese Economy"

1. Concerns on China from Japan’s business perspectives
FDIs from Japan to China in 2015 became half of the level in 2012. What kind of factors work for Japan’s business decision-making processes? I have to pick up 3 points.
No.1 concern is Japan’s business’s perplexity around China’s economic decision priorities. Interventions on equity market, instability on yuan’s value, irregular intervention to industrial policies etc. were not explained by any China’s economic authority. Such kind of uncertainties became hindering Japan’s FDI toward China.
No.2 concern is China’s refusal as to the universal value system. After modernization efforts by Japan’s government and Japanese people, we knew that we were unsuccessful when we disregarded the universal value system. After World War II, we paid our attention to keep the universal value system. Through this attention, we became compatible with world economic order.
No.3 concern is China’s loss of capability to convene. After very assertive posture on South China Sea problems, international acceptance of Chinese military and foreign policies was receded. Then neighboring countries had suspicions on China’s regional leadership. Japan’s business tends to think the situation like this. From the point of views of supply chain networks which play very important role in manufacturing industries, China may not be suitable place to play the core role of supply chain management.

2. Secular stagnation of world economy and China
From the early of 2016, world financial market showed volatilities and low level of financial transactions. Appropriate fiscal and monetary policies have been discussed in the developed countries.
Through these exchanges of economic views, they acknowledged the very low rate of potential economic growth. In the case of US economy, potential annual economic growth rate will be around 1.5% in the next decade. That rate of Japan will be around 0.5%. What about the case of China?
As to new inputs of labor and capital, optimistic views are rare.
The rate of China will depend on TFP (Total Factor Productivity). If FDI doesn’t increase a lot, we are not so optimistic about the improvement of TFP. According to my understanding, potential economic growth rate of China will not exceed that of US very much. New structural reforms of China’s economy are necessary for China and the world.

 論文のレジュメは事前に出していましたので、果たして上海社会科学院がこれをどう扱うのかは、極めて興味深いところでありました。実際のところシンポジウムのラインナップが決まったのは、開催の1週間くらい前でした。少なくとも私に送られてきた論者の発表順が決まったのは1週間を切っていたのです。大変面白いことに、私の予想を大幅に覆すものでした。すなわち、この中国経済の未来を議論するのに最初の論者としてプレゼンテーションをしてくれという依頼があったわけです。これをどう考えていいのか、いろいろ考え方はありますが、行ってみてわかったことは次のような情勢です。
 最大の衝撃は5月9日の人民日報です。人民日報は中国共産党の機関紙ですから、何らかの形で中国共産党の意向がそのまま反映される新聞です。人民日報5月9日付に「権威人士」がかく語ったという特別記事が出ました。大きく一つの面を使って出たのですが、これに中国中が注目したわけです。共産党機関紙が権威人士の名で語った内容は、実に驚くべきものと中国の内部の人達に映ったようです。中国経済は下手をすれば回復が鈍い、L字型を取るのではないか、その恐れがあるという認識からそもそも議論が始まります。L字型というのは、V字型などに比べると底を這うというイメージになるわけですが、中国経済は落ち込んだ後、底を這う可能性があると権威人士が述べたというわけです。そして現在行われている投機的な投資に依存した経済の局面打開というものは決して望ましいものではないと言っています。毎月の新規の融資額が発表されるのですが、4月は3月に比べて半分以下になっています。中国の融資総額の決まり方は、どういう形で何が働いているのかというのは色々と難しいのですが、日本で言えば日本銀行が窓口規制という形で新規の民間銀行向けの貸し出し額の伸びについて枠を設けたり、あるいは大幅に減らしたりをやっていた時期があるのですが、窓口を通じた新規の伸び率の促進や抑制ができる仕組みですから、当局が抑制しようと思えば3月と4月で新規融資額が、例えば2あったものが1以下になる、というようなことも決して不思議ではありません。現実にそれが起きました。そういう意味からいきますと、この5月9日に発表された権威人士の警告は中国社会に大きな衝撃を与えたわけです。とりわけ我々が付き合っている中国のシンクタンクの人々は、一体党の経済政策方針の基本がどこにあるのか、少なくとも今までこんなところだろうと思っていたものと権威人士が語ったものとはあまりにも食い違っていますので、各研究所で背景に一体何があるのかということを調べまくったということだと言っていいと思います。
 5月9日に人民日報に出て、しかしそれから一週間に渡って上海社会科学院は予定したシンポジウムをどのようなラインナップで、どのように議論展開を図れば党の新しい路線、あるいは党が今最もこだわっている路線と平仄が合うのかを大議論したらしいのです。シンポジウムの二日間、私は背景に一体何があったのかについて聞いて回りました。そういう意味では私にとって格好の取材場所になったわけです。総合しますとこの権威人士が語ったこと、そうした路線をもはや無視できないというのが上海社会科学院の結論だったわけです。従って中国大停滞を唱える田中をトップバッターにしたということです。朝始まった議論のトップバッターですから、こういう議論があるということを提示して、その後にはいろんな議論がありました。しかし共産党に対しては、こういう物言いをする論者を外から呼んできてトップバッターを務めさせた、物事を根底的なところで捉えようとしている、そういう証にしたということだったのではないでしょうか。その日のシンポジウムが終わった後、小宴がありました。その時に私にかかった声は、今日の前半のプレゼンテーションは大変良かった、中国の中ではなかなか言い切れない話を率直に述べてくれて良かった、というのが過半の反応だったのです。これは中国経済あるいは中国における政策論議において、比重が構造改革派の方に大きくシフトする可能性があることを示しています。従って、中国の研究所はこの構造改革をどのような形で実施するのかについて、知恵も見通しも提示せねばならなりません。そういう命題を引き受けつつあるということではないでしょうか。

 ちなみにこの5月9日の人民日報の権威人士とは一体誰なのかという議論があります。様々な説がありますが、一番多い予想は劉鶴という人です。劉鶴は習近平総書記の最も近い所にいる人、そしてマクロ経済政策について明るい人ということになっています。おそらく上海社会科学院もこの権威人士とは劉鶴のことであり、劉鶴は習近平総書記の意向を受けてインタビュー記事にして載せたと理解したということではないでしょうか。従ってその路線を無視したシンポジウムは中国経済の未来を語るときにもうあり得ないということだったように思います。もちろん今後もどういう展開になるかはわかりません。北京には6月末、7月末とこれから二回行くことになります。それぞれ中国社会の今後の在り方について議論をするというのが大きなテーマです。今年の9月に浙江省杭州でG20の首脳会議が開かれることは決まっていました。従いまして、中国では政府の予算が研究所にいっぱい付く時期であり、杭州におけるG20を成功させる為に海外の研究者、海外の研究機関からも発言を求めます。そしてG20で世界経済が当面する課題、それから世界秩序が抱え込んだ問題について広く議論をしてもらう場を設け、中国の指導性をそうした議論の中で確立したいわけです。これは決して不思議な発想でも何でもないのですが、そうしたことからこの2年ほど、浙江省杭州と2016年9月を一体として受け止めて、言うならば研究所の国際化を図る一助と位置づけようということになったようです。その最後の取りまとめ過程に入るときに、権威人士が登場しました。従来中国政府が述べていたこととは違うわけですから、果たして党の真意は那辺にありやということで、研究所のマネージャークラスが頭を抱えました。権威人士の発表から政治情勢分析になぜ1週間もかかったのですかと、本当は聞きたいのですが、この質問を私はやめました。それは少しはしたないということもありますが、彼らも迷いに迷い、情報分析が専門のはずの彼らが持ち得ている力量の限りを尽くして分析した結果が権威人士の発言、すなわち中国経済がL字型で底這いを続ける可能性まで出てきたという現状認識を、丸ごとかどうかはわかりませんが、とりあえず受け入れるということに決意したからです。彼らの苦衷がわかるだけに、2、3年経って「いったいあの時はどうだったのですか」と聞くことはあると思いますが、足元でいわゆる取材はしないというのは今回の私のシンポジウムへの関与の在り方でした。
 しかし会場で、あるいはティータイムの時に様々な話が出ました。ちなみにこの時は英語と中国語を使って同時通訳が入るという設定でした。通訳を務める人達は3人くらいで代って同時通訳をするのですが、お世辞なのかどうかわかりませんが、その中の一人からは「全く田中さんの言うことに私は同意します。中国経済が今抱えている課題は短期的な循環論で説明できるものではありません。構造改革を要する長期的要因に対して、どのように向き合うのかが問われているわけで、そのことを抜きにした急場しのぎの政策、改革は先送りするというやり方、そしてとりあえず若干の財政支出を行いつつ大きな破綻は回避したい、というやり方に対して、そうした手法は望ましくないと思っていたところから、あなたの発言は極めて的確なものでした」というコメントをもらいました。そういう意味からいきますと、中国の中で今後起きるであろう議論の幅は相当大きなものになると考えるべきではないでしょうか。今回上海社会科学院のシンポジウムに出たことを通じてですが、いずれにしろ今後の世界経済を考える時に、相当注意深い観察力が中国に対しても必要です。もちろんアメリカの金融政策、そして日本の構造改革政策、どれもこれも全て重要なのですが、中国もまたその一つだということは間違いなく言えると思います。

 少し私的な話になりますが、今回『中国大停滞』を書いたことの照り返しでもありますが、この本を巡って、同じ時期に世界経済のことを書かれた日経新聞編集委員の滝田洋一さんと小生との対論という試みが行われることになりました。6月13日(月)の19:00から、丸善の丸の内本店で行われます。滝田さんとの間でどういう議論の構成になるかわかりませんが、1時間半くらい議論することになるのかなと思います。もしご関心がございましたらご参加下さい。

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